こんにちは。タムラゲン (@gensan) です。

イラスト:タムラゲン Illustration by Gen Tamura
妻と一緒に、能登演劇堂にて、無名塾の『肝っ玉おっ母と子供たち』を観劇してきました。約3年ぶりの石川県旅行の記録と併せて綴っていきます。
3年ぶりの石川県旅行
6月9日(月)
香川県も梅雨入りしていましたので、この日は昨日から雨模様でした。湿気はありますが、涼しい方でした。
17:30、高松駅高速BTにて高松・淡路-舞子・大阪線フットバスに乗車して出発。
20:50、大阪駅前桜橋口高架下に到着。
22:40、梅田のプラザモータープールにてブルーライナーBL501便に乗車して出発。
6月10日(火)
午前5時半、金沢駅西口ロータリー1番のりば到着。
約3年ぶりの金沢駅です。
金沢駅の隣の石川県立音楽堂の柱に貼られた巨大ポスターに見慣れた顔が3人も。
池辺晋一郎さんは、能登演劇堂で開催中の『肝っ玉おっ母と子供たち』をはじめ無名塾の専属作曲家です。野村萬斎さんは、高校生の頃に出演した黒澤明監督の『乱』で仲代達矢さんと共演していました。
指揮者の広上淳一さんは、伊福部昭先生の作品を数多く指揮した指揮者として馴染み深いです。
午前7時、開店したばかりのガスト金沢駅前店にてコッペパンの朝食を食べながら休憩しました。
午前8時過ぎ、レンタカーを借りて移動開始しました。
午前9時頃、県営兼六駐車場に駐車して、金沢城公園に入園しました。
平日ということもありますが、インバウンドの影響で日本人観光客より外国人観光客の方が多かったです。気温は高くないのですが、小雨の湿気で蒸し蒸しするので、坂道で余計に体力が消耗しそうでした。
菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓に入場しました。
城内から外を眺めたり、館内の展示を見ながら、かつて敵軍を迎え討つことを想定して建てられた五十間長屋が一度も戦火を交えることなく明治時代に火災で消失してしまい、2001年に復旧されたという不思議な歴史に思いを馳せました。
次に、城の隣にある尾山神社に行きました。
煉瓦造りの神門が有名です。
境内に生えている森のように巨大な木々も壮観でした。
その後、兼六園に入園しました。
兼六園発祥の地である瓢池(ひさごいけ)です。
午後12時過ぎ、ベイクショップ ビアンベイクに行きました。妻がこのお店の大ファンですので、二人で焼き菓子を出来るだけ多く購入しました。どのお菓子も美味しいですが、ケークシトロンは他では味わえないレモンの豊かな風味が絶品です!レジでは店主の坂下さんにも初めてお会いできて、妻も感激していました。
続いて、サブレリ―ビアンベイクに移動。こちらで購入した焼き菓子も同様に美味しかったです。
ついでに、近所の烏鶏庵本店にも入店。妻が義父へのお土産に烏骨鶏カステラを購入しました。
昼食を食べに近江町市場へ移動しようとしましたが、カーナビが不調なのか、まるで見当違いの場所を案内されてしまいます。仕方ないので、ナビで指定された場所付近の駐車場に駐車した後は、スマホのナビを見ながら市場まで徒歩で移動しました。結果的に、近江町市場に到着したのですが、レンタカーのナビが指定した場所から1km以上も離れていました!長い目で見れば、ウォーキングにはなったかもしれませんが、貴重な時間と体力を余分に消耗してしまい釈然としませんでした。
ともあれ、近江町市場は、京都の錦町市場のように活気に溢れていました。海鮮市場料理 市の蔵にて、六月の旬定食を注文して遅めの昼食を食べました。
刺身も天麩羅もなかなか美味しかったです。
その後、石川県立図書館へ移動しようとしましたご、またしてもカーナビが出鱈目な場所を指定するので、狭い坂道だらけの住宅街を右往左往する羽目になりました。
さすがに埒が明かないので、レンタカーを交換してもらいました。幸い店員さんの丁寧な対応でスムーズに交換してもらえました。ただ、石川県立図書館が最近移転したのでナビが正確に指示できなかったという説明は納得できません。図書館が移転したのは約3年も前ですし、ナビが指定した位置は旧館があった本多町3丁目とは全然違う住宅街でした。3年前より新式のナビの筈なのに、なぜこのような事態になってしまったのか不可解です。
ともあれ、気を取り直して、再び移動を開始しました。ただし、以降の移動はカーナビだけでは不安ですので、助手席に座った妻のスマホのナビにも指示してもらうことにしましたが(苦笑)
夜になってきましたので図書館は諦めて、再び金沢駅へ向かい、廻る富山湾すし玉で軽く夕食を済ませました。
午後8時、ホテルマイステイズ金沢キャッスルにチェックイン。初日から結構歩いたので、二人とも爆睡しました。
6月11日(水) 前半
午前7時半頃に起床した後、1階のレストラン「まれ」で朝食を食べました。金沢おでん、金沢カレー、のどぐろの天麩羅など、ご当地のメニューが美味しかったです。
朝食後、午前8半過ぎにチェックアウトした後、のと里山海道を走って能登半島へと向かいました。
3年前は能登への行き帰りが夜でしたので日本海が真っ黒で何も見えませんでしたが、今回は小雨が降っていても、日本海が水平線まではっきりと見えて壮大な景色でした。
ところで、能登に入りますと、ひび割れた道路やブルーシートに覆われたりした家屋が目立つようになります。和倉I.C.の周辺も大規模な道路工事が継続中でした。2024年元日に発生した能登半島地震の傷跡は、1年半経った今も生々しく残っていることを目の当たりにすることになります。
午前11時頃、のとじま水族館に到着しました。
ジンベイザメの餌やりです。水槽の水ごと豪快に飲んでいました。
水族館も震災で大きな被害を受けましたが、再び開館できるほどに「完全復活」を成し遂げていました。
職員の皆様の努力に敬意を表します。
午後12時頃、昼食にしようと最寄りの道の駅へ向かいましたが、何と閉鎖されていました。付近の道路に夥しいひび割れが見えたので、恐らく震災の影響だと思われます。
時間が惜しいので、今回の旅行の最大の目的地である能登演劇堂へ直行することにしました。カーナビに従って進んでいましたら、ツインブリッジのと(中能登農道橋)が通行止めとなっていました!万事休すかと思いましたが、再び妻のスマホのナビによって何とか迂回できました。【追記】応急復旧工事が完了しましたので、6月16日から暫定的に供用を開始したそうです。(ツインブリッジのと(中能登農道橋)の暫定供用開始のお知らせ/七尾市)
能登島に入ったときと同じ能登島大橋を渡って和倉町へ戻り、国道249号を北上しました。
無名塾『肝っ玉おっ母と子供たち』(能登演劇堂)
午後1時過ぎ、能登演劇堂に無事到着しました。
『肝っ玉おっ母と子供たち』2017年の公演でも使用された山村浩二さんによる見事なイラストです。
『肝っ玉おっ母と子供たち』は、「令和6年能登半島地震復興公演」と銘打たれているように、当初は去年の9月に公演予定でしたが、舞台機構の被害によって延期となっていました。今回ようやく公演が実現して本当に良かったです。
2022年の『いのちぼうにふろう物語』と同様に、無名塾の公演ですので、ロビーは大勢の人達で溢れていました。
入場後、売店にて『肝っ玉おっ母と子供たち』プログラムと『役者 MEMO 1955-1980』を購入しました。
観客席は既にほぼ満席でした。幸い、私と妻は割とステージに近い中央の席に座れました。
ところで、開演前にスマホや携帯電話の電源を切ることを伝えるプラカードを持ったスタッフが左右の通路を二度通って観客に見せていました。館内のアナウンスでも、ここ数日間、毎日のように電源を切り忘れたスマホの着信音を鳴らされることがあると知らされました。2013年、大阪で観劇した野村萬斎の『マクベス』でも、中年女性の観客が携帯電話を三度も鳴らしていたことを思い出しました。
ともあれ、予定通り、14時に無名塾の『肝っ玉おっ母と子どもたち』が開演しました。
題名から分かるように、原作はベルトルト・ブレヒトの戯曲『肝っ玉おっ母とその子どもたち』(Mutter Courage und ihre Kinder) です。1939年、ブレヒトがスウェーデンに亡命中に僅か5週間で書き上げられ、1941年にチューリッヒにて初演されました。
今回の観劇の予習も兼ねて、岩波文庫の原作(岩渕達治 訳)を読んだり、ドイツ語での公演の動画を見たりしました。
初演以来、世界中で何度も演じられてきたブレヒトの名作を、無名塾の方々がどのようにアレンジして演じるのか大きな関心事でした。
無名塾『肝っ玉おっ母と子どもたち』 | |
主要スタッフ(敬称略) | |
作 | ベルトルト・ブレヒト |
翻訳 | 丸本隆 |
演出 | 隆巴 |
舞台統括 | 林清人 |
音楽 | 池辺晋一郎 |
主要キャスト(敬称略) | |
肝っ玉おっ母 アンナ・フィーアリング | 仲代達矢 |
大きい兄ちゃん アイリフ | 進藤健太郎 |
小さい兄ちゃん フェーヨス | 川村進 |
末娘 カトリン | 山本雅子 |
イヴェット | 小宮久美子 |
料理人ピーター | 赤羽秀之 |
従軍牧師 | 平井真軌 |
傭兵隊長、若い兵士、百姓 | 中山研 |
徴兵係、老大佐、書記、外套兵、第一の兵士 | 本郷弦 |
百姓母、百姓女 | 円地晶子 |
兵器係、連行兵、中年兵士、歌兵士、第二の兵士など | 十代修介 |
大砲の兵士、眼帯の男、傷農夫、連行兵、酒兵士、歌兵士など | 上水流大陸 |
曹長、連行兵、書記、酒兵士、歌兵士など | 島田仁 |
曹長、見習い士官、連行兵、酒兵士、歌兵士など | 中山正太郎 |
百姓娘、若い百姓 | 朝日望 |
片足の語り手 | 西山知佐 |
盲目の歌い手 | 菅原あき |
開幕と同時に、能登演劇堂のトレードマークである舞台奥の大扉が開きました。能登の森の奥から、歌とともに、肝っ玉おっ母とその子供たちが幌車を引きながら登場。観客からの大きな拍手で迎えられました。
原作では徴兵係と曹長のやり取りから始まりますが、演劇堂の特色を活かした無名塾ならではのオープニングです。
又、原作では各場の冒頭で、その場面の粗筋と結末がスライドで投映されますが、無名塾版は片足の語り手(西山知佐)と盲目の歌い手(菅原あき)による力強い語りと歌で表現されます。
あらかじめ結末を知らせることによって各場面の出来事がどのように起こるかを客観的に見せようとしたブレヒトの意図と比べると、かなりドラマチックな演出となっています。演劇堂の広さを考慮すると、後方の席からはスライドが見えづらいでしょうから、大勢の観客に粗筋を伝えるという意味では効果的な改変だと思います。
それ以降の展開は原作を踏襲していますが、無名塾版でもう一つ印象的だった独自色は明快な台詞です。
岩渕達治が翻訳した岩波文庫版は、原典に忠実な名訳だと思いましたが、聞きなれない表現や専門用語などが多く、巻末の訳注を何度も参照する必要がありました。ですから、これを日本で舞台化する際に、そうした問題をどう解決するのかも興味ありました。
プログラムに寄稿された仲代さんと舞台統括の林清人さんが書いていたように、演出の隆巴さんは初めて舞台を観劇する人が一度見ただけでも分かるような言い回しへと巧みに推敲されていました。事実、私の妻も、物語の内容を全く知りませんでしたが、今回初めての観劇でも物語の内容が分かりやすかったと感心していました。
主人公の肝っ玉おっ母ことアンナ・フィーアリングを演じるのは、仲代達矢さんです。92歳(!)の今も現役の俳優というだけで驚異的ですが、2時間半以上の劇中、ほとんど出ずっぱりで、しかも大量の台詞に加えて歌や踊りもある大役を見事に演じきるのですから、芸歴70年以上のキャリアは伊達ではありません。
勿論、仲代さんと言えども92歳なので、さすがに年齢を感じさせてしまう瞬間はありましたが、逆に若い頃のギラギラしたオーラではなく「もや」らしいとぼけた感じが「おっ母」らしく見えるとも言えます。
アンナの二人の息子アイリフとフェーヨス(スイスチーズ)は長男と次男を区別しやすくするためなのか「大きい兄ちゃん」と「小さい兄ちゃん」と呼ばれていました。
アイリフ役は進藤健太郎さんで、フェーヨス役は川村進さんでした。川村さんの方が身長が高そうなのに「小さい兄ちゃん」というのはご愛敬ですが、兄弟のキャラに合わせてキャスティングしたのかもしれません。実際、ロミオを演じたことのある進藤さんは血の気の多いアイリフに合っていましたし、川村さんも『いのちぼうにふろう物語』の強面な定七と正反対の生真面目なフェーヨスを好演していました。
山本雅子さんはカトリン役には美人すぎるかもしれませんが、戦争によって最も翻弄される唖の末娘の悲劇を、この上なく説得力を持って演じていました。理不尽な出来事の連続の中で石のように耐え続けるだけだったカトリンが、町を奇襲から守るため屋根の上で決死の行動にでる場面は胸を打ちます。
主役から端役に至るまで出演者の皆さんは好演していました。個人的には、料理人ピーター役の赤羽秀之さんと従軍牧師役の平井真軌さんが特に名演だったと思います。二人ともソロで見事な歌声を披露する場面がありましたし、何よりもアンナを巡って恋のさや当てをする場面は最高に面白かったです。
音楽は、無名塾の専属作曲者・池辺晋一郎さんです。今回も池辺さんの音楽は良かったと思いますが、歌の伴奏が主張しすぎていると思いました。
せっかく仲代さんをはじめ出演者の方々が見事な歌を披露して下さったのですから、伴奏のボリュームを下げるか、弦楽器などを外した方が、もっと歌声がよく聴こえたような気がします。
とはいえ、気になったのはそれぐらいで、その他の音楽演出は秀逸でした。特に、最終幕でアンナがカトリンを悼む場面は、あえて音楽を一切流さないことによって、悲しみと厳粛さが強調され、アンナの子守唄がより切なく響きました。
そして、連隊の行進を肝っ玉おっ母が追っていきながら終幕。場内、割れんばかりの拍手。
カーテンコールでは、前回の『いのちぼうにふろう物語』と同様に、仲代さんの亡き奥様・宮崎恭子さんの遺影も掲げられて胸が熱くなりました。
涙ぐむ人もいれば、手書きで「サイコー!」と書かれた幕を開く人もいたり、二度目のカーテンコールで何人もの人がスタンディングオベーションをしていました。
開幕前に心配していた着信音は一度もなく、この日の公演は、無事に幕を閉じました。
無名塾の『肝っ玉おっ母と子供たち』は、ネット動画で予習したドイツでの舞台と比較しても遜色のない感動的な舞台でした。コロナや震災を乗り越えて、再び能登演劇堂で無名塾の公演を観劇できた感激で、私も妻もしばらく席から動けませんでした。
無名塾の『肝っ玉おっ母と子供たち』は、能登演劇堂にて2025年6月22日(日) まで絶賛公演中です。大変素晴らしい舞台ですので、是非ご覧ください。

旅行の後半
6月11日(水) 後半
金沢へ戻る途中で、3年前に寄った和倉昭和博物館とホテル・アルファーワン能登和倉の近くを通りました。和倉昭和博物館は、土日祝のみでも営業ができるようになっていました。ですが、ホテル・アルファーワン能登和倉は、まだ休業中でした。遠方からは分かりませんでしたが、近くで見ると、無数の細かいひび割れが見えて愕然としました。
帰路の道中も、傾きかけた家屋や、屋根を修理中の住宅など震災の傷跡が思っていた以上にが残っているのが目に付きました。一日も早い能登の復興を祈っています。
のと里山海道を南下して走る頃にはすっかり晴れましたので、水平線に沈みゆく夕陽が綺麗に見えました。
予定より遅れて午後9時頃、ホテルマイステイズ金沢片町にチェックイン。
想像していた以上に周囲は繁華街でしたので、戸惑いました。とりあえずホテルの近くにあった居酒屋まんぼう に入って夕食を食べました。とりモモ塩焼きと焼おにぎりを注文しました。とりモモは串刺しではなく意外と大きめで適度な塩味が効いていました。もっと驚いたのは焼おにぎりで、2.5人前はありそうな大きさで度肝を抜かれました。妻と二人で半分分けして食べましたが、青のりが乗っていてこれまた美味でした。
6月12日(木)
午前8時半頃、ホテル1階の KATAMACHI Dining (かたまちダイニング) で、朝食。金沢おでんや金沢カレーなど美味しかったです。午前9時半過ぎ、チェックアウト。
午前10時半頃、金沢駅の郵便局からお土産を郵送。
午前11時半頃、再びビアンベイクへ行き、焼き菓子を購入しました。
午後12時半頃、妻のスマホのナビによって、ようやく石川県立図書館に到着しました。
閲覧エリアが巨大な円形劇場のような空間となっていて、天井までの約15mが吹き抜けとなっていますので、異例の解放感です。本棚には約30万冊、地下書庫には約200万冊という膨大な蔵書があります。
妻は、長年探していた1931年の書籍『喫茶とケーキ通』(四六書院) を初めて読めて感激していました。著者の門倉国輝 (かどくら くにてる) は、日本で最初の本格的フランス菓子を提供した洋菓子メーカー コロンバンの創業者です。
私も、地元の図書館になかった仲代達矢関連の書籍『役者なんかおやめなさい』と『演じることは、生きること』を読みました。
『役者なんかおやめなさい』によると、2016年、イエール大学で『切腹』と『殺人狂時代』の上映会が開催され、深刻な内容の『切腹』でも仲代さんの芝居がフッと抜けて地が出ると、観客が笑ったそうです。同じようなアメリカ人観客の反応を、私も1992年のシアトルでの上映会で体験したことがあります。
午後2時頃、イオンもりの里店にて昼食を買い、休憩所で食べました。
午後3時頃、長町武家屋敷跡を散策しました。
午後4時半頃、再び石川県立図書館に寄り、北國新聞の縮刷版を調べました。
午後6時頃にガソリンを給油した後、午後7時前にレンタカーを返却しました。
再び金沢駅に行き、カンパーニュ クチーナ&バールにて、夕食を食べました。
妻はクラシコ・マルゲリータを、私は生ハムとモッツァレラチーズ。とても美味しかったです。
22:40 金沢駅西口ロータリー1番のりば集合。
22:55 ブルーライナーBL502便 出発。
6月13日(金)
予定より早い午前5時半過ぎに、プラザモータープール到着。フットバスに乗車して、予定より少し遅れて午前8時半過ぎに大阪駅前桜橋口高架下を発車。
11:50 高松駅高速BTに到着。午後1時過ぎに帰宅しました。
自宅を出てから帰宅まで約93時間でした。2022年の石川県旅行のときよりも長く濃厚な体験でした。
3年ぶりに仲代達矢さんと無名塾の皆さんの舞台を観劇できて感無量です。
リンク集
無名塾『肝っ玉おっ母と子供たち』(敬称略)
・ 無名塾 – 公式サイト
・ 能登演劇堂 – 公式サイト
・ 仲代達矢 (肝っ玉おっ母 アンナ・フィーアリング) – 公式プロフィール (無名塾)
・ 小宮久美子 (イヴェット) – 公式プロフィール (仕事)
・ 西山知佐 (片足の語り手) – 公式プロフィール (無名塾)
・ 菅原あき (盲目の歌い手) – 公式プロフィール (無名塾)
・ 赤羽秀之 (料理人ピーター) – 公式プロフィール (仕事)
・ 中山研 (傭兵隊長、若い兵士、百姓) – 公式プロフィール (無名塾)
・ 山本雅子 (末娘カトリン) – 公式プロフィール (無名塾)
・ 平井真軌 (従軍牧師) – 公式プロフィール (無名塾)
・ 本郷弦 (徴兵係、老大佐、書記、外套兵、第一の兵士) – 公式サイト
・ 進藤健太郎 (大きい兄ちゃん アイリフ) – 公式プロフィール (無名塾)
・ 川村進 (小さい兄ちゃん フェーヨス) – 公式プロフィール (株式会社アニモプロデュース)
・ 円地晶子 (百姓母、百姓女) – 公式プロフィール (無名塾)
・ 十代修介 (兵器係、連行兵、中年兵士、歌兵士、第二の兵士など) – 公式プロフィール (仕事)
・ 上水流大陸 (大砲の兵士、眼帯の男、傷農夫、連行兵、酒兵士、歌兵士など) – X (旧Twitter) (@tairiku09130913)
・ 島田仁 (曹長、連行兵、書記、酒兵士、歌兵士など) – 公式プロフィール (無名塾)
・ 中山正太郎 (曹長、見習い士官、連行兵、酒兵士、歌兵士など) – 公式プロフィール (無名塾)
・ 朝日望 (百姓娘、若い百姓) – 公式プロフィール (無名塾)
石川県(訪れた順・敬称略)
・ 金沢駅
・ 金沢城公園
・ 尾山神社
・ 兼六園
・ 烏鶏庵本店
・ 近江町市場
・ 廻る富山湾すし玉
・ のとじま水族館
・ 能登演劇堂
・ 石川県立図書館
・ 長町武家屋敷跡
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