小林正樹の映画『からみ合い』公開60周年(ネタバレあり)

こんにちは。タムラゲン (@GenSan_Art) です。

『からみ合い』(1962) 監督:小林正樹 原作:南條範夫 音楽:武満徹 出演:岸惠子、仲代達矢 THE INHERITANCE (1962) Directed by Masaki Kobayashi / Music by Toru Takemitsu / Cast: Keiko Kishi and Tatsuya Nakadai イラスト:タムラゲン Illustration by Gen Tamura

イラスト:タムラゲン Illustration by Gen Tamura

60年前の今日 (2月17日) は、映画『からみ合い(1962) が公開された日です。

遺産相続を巡る人間の強欲を冷徹に描いた南條範夫の同名原作を小林正樹が映像化した作品です。反戦映画の超大作『人間の條件』(1959-1961) と国際的に激賞された名作『切腹』(1962) の間に挟まれて忘れられがちな小品ですが、隠れた佳作だと思います。

※ 拙記事は、映画の結末などについての記述もありますので、未見の方はご注意ください。

 

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『からみ合い』について

からみ合い
The Inheritance
1962年2月17日 公開
文芸プロダクション にんじんくらぶ 製作
松竹 配給
白黒、シネマスコープ、108分

スタッフ

監督:小林正樹
製作:若槻繁 小林正樹
原作:南條範夫
脚色:稲垣公一
撮影:川又昂
美術:戸田重昌
音楽:武満徹
録音:西崎英雄
照明:青松明
編集:浦岡敬一
助監督:稲垣公一
録音技術:金子盈
スチール:梶原高男
進行:森山善平
監督助手:水沼一郎、吉田剛
撮影助手:高羽哲夫
照明助手:三浦礼、本橋昭一
録音助手:日向国雄
美術助手:伊東正靖
装置:小林孝正
装飾:石川誠次
衣裳:杉山利和
結髪:佐久間とく
製作事務:相川武
撮影事務:石和薫
主題曲:キングレコード

出演者

宮川やす子:岸恵子
古川菊夫:仲代達矢
河原専造:山村聰
吉田禎三:宮口精二
成宗定夫:川津祐介
神尾マリ:芳村真理
藤井純:千秋実
河原里枝:渡辺美佐子
倉山杏一郎:滝沢修
客の男:三井弘次
刑事A:安部徹
神尾:浜村純
石母田教授:信欣三
飯田さよ:千石規子
下駄屋のお内儀:菅井きん
成宗ふみ:北原文枝
成宗圭吾:北竜二
志村:鶴丸睦彦
やす子の情夫:平幹二郎
海岸の私服刑事:佐藤慶
キャバレーの与太者:田中邦衛
刑事B:永井玄哉
神尾真弓:川口敦子
女中ちか:渡辺芳子
谷医院受付看護婦:水上令子
神尾美代子:槙芙佐子
沼田質屋のお内儀:本橋和子
受付の男:大杉莞児
定夫の友人:蜷川幸雄
定夫の友人:水島真哉
瀬川克弘
定夫の友人:伊藤正幸
水木涼子
柴田葉子
斉藤久美子

あらすじ(ネタバレあり)

東都精密機械株式会社の社長・河原専造は、胃癌で自らの余命が半年だと知ります。専造は、若い妻・里枝と結婚する前に3人の女性に生ませた3人の非嫡出子にも遺産3億円を分けることを思い付き、秘書や顧問弁護士に調査を命じます。(下記相関図参照)

秘書の宮川やす子が見つけた専造の息子・成宗貞夫は素行の悪い青年でした。吉田弁護士の部下・古川が見つけた専造の娘・神尾マリはヌードスタジオに勤めていました。里枝から独立資金を条件に娘が見つからなかったことにする話を持ちかけられていた古川でしたが、マリと共謀して遺産を山分けすることを企みます。藤井は、専造が飯田さよに産ませた娘・芳子が幼くして他界していたのを知り、結婚前の里恵と不倫して生まれた田代ゆき子を孤児院から引き取り娘の替え玉にすることを企みます。

嵐の夜、専造の家に泊まったやす子は、専造に襲われてしまいます。その後も、関係を持つ度に、やす子は専造から現金を貰います。

定夫は、藤井に誘われたバーで乱闘騒ぎを起こし、専造から見放されます。マリの本名は まり枝で、専造の実の娘だったのはまり枝の姉・真弓の方でした。まり枝は真弓を毒殺して真弓になりすまそうとした罪で逮捕されます。古川も吉田の事務所から追放されます。

ショックを受けた専造の命で福島で再調査に向かうことになった吉田は、やす子を事務所に呼び出します。ゆき子が替え玉であることと、河原財団法人を立ち上げることを自分の代わりに専造に伝えるよう、やす子に秘密裏に依頼します。

やす子は、吉田の伝言を専造には伝えず、自分が懐妊したことを専造に打ち明けます。自分の本当の後継者ができたと喜んだ専造は、やす子が身籠った胎児にも遺産を分配するように遺言書に書き加え、3日後に病死しました。その後、やす子が依頼した倉山弁護士によって関係者が再び集められます。ゆき子が専造の娘でないことが明らかにされ、里恵も相続権を失います。こうして、やす子の胎児のみが遺産を相続することになりました。

2年半後、街で吉田と再会したやす子は、生まれた赤子がほどなくして世を去ったことを話します。結果的に遺産を全額相続したやす子に吉田は儲け話を持ち掛けますが、彼女はそれを体よくあしらって去っていくのでした。

小林正樹の映画『からみ合い』の相関図 作成:タムラゲン

 

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原作との比較

南條範夫 (1908-2004) の初の推理小説『からみ合い』は、雑誌『宝石』の1959年7月号から12月号まで連載され、光文社のカッパノベルスの一冊として出版されました。一時期絶版状態にありましたが、1981年に徳間文庫として刊行され、2019年に新装版として再び復刊されました。(表紙の写真がShutterstockというのが今風だと思いました)

『人間の條件』を撮り終えて一休みしていた頃の小林正樹 (1916-1996) は、次は心機一転してサスペンス映画を撮ろうと思っていたので、この小説を次回作に選びました。

『からみ合い』は原作に非常に忠実な映画化です。同時に、映画向けに脚色した個所も少なくありません。小説と映画を比較してみると、文章と映像の表現の違いは勿論、約60年前と現代の日本社会との違いも興味深いです。

回想形式

原作と映画の最大の違いは、回想形式です。原作では、第一章で河原専造が癌の診察を受けて余命が半年であることを悟り、隠し子の調査を命じるまでが専造の視点で描かれ、それ以降から結末までは第三者視点となります。

映画は、既に遺産を手にして高価な衣服を纏ったやす子がウィンドーショッピングを楽しんでいるところから幕を開けます。そこを弁護士の吉田に呼び止められ、喫茶店で話す中、やす子は自分が河原の秘書であった頃の2年半前を回想します。そして、やす子(正確には彼女が身籠った胎児)が遺産を全て相続することが明らかになった後、時間軸は冒頭の喫茶店に戻ります。

つまり、遺産を相続した後の現在のやす子という映画オリジナルの場面が、原作の物語を回想形式でサンドイッチ状態にしています。これによって、誰が社長の遺産を獲得するかというサスペンスは消え去りますが、代わりに社長とは何の血縁関係も無かった秘書のやす子が如何にして巨万の富を得たのかという興味を観客に抱かせます。

同時に、彼女が物語全体を俯瞰するナレーターの役割も兼ねる形になったので、多い登場人物の背景や複雑な人物関係も台詞を巧みに補完していました。

もう一人の隠し子

もう一つの大きな違いは、原作では専造の隠し子は一人多い4人ということです。

満州にいた頃の専造が最初の息子・定夫を満州国官吏・成宗圭吾に引き取らせて鈴木光子と別れた後、内地に戻ってから付き合っていた片岡節子に産ませた娘・美香子です。専造が手掛けていた軍需品生産を有利にするために、彼は節子を捨てて陸軍中将の娘・美代子との結婚を選びました。

敗戦後、節子の行方は不明となりましたが、大分出身ということのみ知っていたので、専造は私設秘書・井本修一に大分へ調査に向かわせます。その結果、大分県県庁に勤めていた節子は数年前に他界していていました。娘の美香子は男に騙されて捨てられたショックから自殺しようとしていましたが、訪れた井本が言葉巧みに説得して思いとどまらせます。

井本は美香子を利用するために東京に匿いますが、次第に邪魔になってきたので彼女を捨ててしまいます。美香子は本当に自殺してしまい、彼女の遺書から企みが発覚した井本は、里枝から見放され、左遷されてしまいます。

数少ない善良な登場人物である美香子を割愛したことによって、映画の登場人物が更に殆ど全員が腹黒い者ばかりとなりピカレスク小説的な物語がより際立ちました。

美香子と井本のエピソードを丸ごと割愛した理由を私なりに想像してみました。

・尺の都合。これが一番大きいと思います。ただでさえ登場人物が多く複雑なので、隠し子を3人にして正解だったと思います。テレビドラマ版ではどうだったのか気になりますが。
・大分ロケの手間と予算を節約。これは現実的な要因ですね。
・他の3人の相続候補者は専造と面会を果たしますが、美香子のみ専造に会うことなく自殺してしまうので、彼女なしでも物語の構成に特に影響は無いです。
・女癖が悪い点で井本と古川のキャラが被るのも大きな要因かもしれません。実際、まり枝を誘惑するなど好色な古川を仲代達矢は好演していました。又、原作では里恵に取り入ろうと妄想を膨らませる井本の代わりに、映画では里恵と古川との密談が創作され二人の駆け引きが強調されていました。

因みに、里恵と古川が密会していた場所のロケ地は、犬山市の博物館明治村の帝国ホテルでしょうか。NHKの連続テレビ小説『まんぷく』(2018-2019) では、福子 (安藤サクラ) が勤める大阪東洋ホテルのロビーとしてもロケされていて、特徴のある内装に見覚えがありました。

その他の違い

原作では神尾家は石川県金沢市在住でしたが、何故か映画では福島県在住となっていました。理由は分かりませんが、まり枝がアルバイトする店が金沢のキャバレーよりは飯坂温泉のヌードスタジオの方が画的にインパクトがあったからでしょうか。

原作では、反抗的な石川常務に一泡ふかせようと目論んだ専造が、ライバルの共同精密工業KK社長・柏木順之助に自分の死後会社を譲ることを密約する下りがありますが、映画では割愛されています。

やす子の情夫は、原作では、やす子が専造に襲われた後に紹介されますが、映画では遺産相続が決まった後に登場するので、やす子が身ごもった嬰児が専造の子というよりは情夫の子供かもしれないという印象が強まりました。

登場人物の過去と戦争の痕跡

映画やドラマは、台詞やナレーションを駆使しても小説の情報量には及ばないことが多いです。

『からみ合い』でも原作では専造や隠し子の辿って来た生涯を詳細に描いていますが、映画では殆ど全て割愛されています。遺産相続を巡る本筋には影響が無いので妥当な処理ですが、登場人物の過去に興味を持った方なら映画を見た後でも原作を楽しめると思います。

特に、1959年は敗戦から僅か14年しか経っていませんので、多くの登場人物が戦争に影響を受けています。

河原専造は53歳なので、1906年頃の生まれということになります。原作によると、東京の大学を卒業後、最初に勤めた会社が昭和初頭の金融恐慌で倒産。満州に移った後、軍需品生産を手掛けるものの破綻。戦時中、内地に帰還。敗戦後、現在の会社を興しました。

井本が降り立った大分駅は戦災から復興したばかりという描写もあります。

東銀座三丁目のKビル3階にある吉田弁護士の事務所の変わり椅子は、進駐軍の払い下げです。

吉田の部下・古川も、原作では、太平洋戦争開戦前後に金沢で高校時代を過ごし、東京の大学に移ってからは学業の半ばで動員。学徒動員された後のことを古川は「くそいまいましい思い出ばかりだ」と苦々しく振り返っています。

その他の映像化

『からみ合い』の1981年の文庫版あとがきで、南條範夫は「このストーリーは映画化し易いのであろうか。その後、二回映画化され、三回テレビ化された」と書いています。

気になってネットで検索してみましたが、小林正樹の後に映画化されたかどうかは不明でした。

テレビドラマデータベースというサイトで検索すると、これまでに何と5回もドラマ化されたそうです。原作者が言うように、『からみ合い』はドラマ向きの話だと私も思いますので、他の脚本家と演出家がどのように映像化したのか見てみたい気もします。

60年前の「現代」との比較

『からみ合い』は現代劇ですが、映画が公開されたのは今から60年前の1962年です。しかも、まり枝逮捕の記事と専造の訃報が掲載された〇〇民報の日付は昭和34年9月8日付けとなっていましたので、劇中の時代設定は原作と同じ1959年ということが分かります。

余談ですが、東都精密工業株式会社の葬儀委員長・石川義行(原作では黒川)名義の訃報では専造の死亡日時は9月7日午前2時55分となっていますが、隣に掲載された里恵名義の訃報では何故か9月8日となっていました。記事が8日付けで社葬による告別式が10日ということを考慮すると、9月7日が専造の命日だと思います。

話を戻せば、1959年の日本と2022年の日本では63年もの隔たりがあるので、同じ「現代劇」として一括りにはできない点も少なくありません。

原作者の南條範夫も、徳間文庫のあとがきで、敗戦後間もない頃の日本と1981年の日本とでは既に経済的には「格段の差があった」と書いていました。南條の推測では、1959年の約7千万円は1981年では約15億円から約20億円くらいだそうです。

原作では約6700万円だった河原専造の遺産は映画では3億円と増額されていました。確かに、3億円の方が語呂も切りもいいですし、巨額の遺産というインパクトもあったと思います。

宮川やす子の秘書時代の月給は2万円足らず (原作では月給12000円) でした。仮に現在の都内での秘書の給料が約25万円だとすると、映画の遺産3億円は現在では約60億円の価値かもしれません。相続税で差し引かれたとしても、一人の若い女性にとっては十分すぎるほどの「巨大な富」です。

又、お金の価値よりも時代と共に大きく変わったのは医療の発達や相続割合ではないでしょうか。

特にDNA鑑定がある今でしたら、成宗定夫は専造の実の息子であることを証明できたでしょうし、逆に神尾まり枝と田代ゆき子は血縁者でないことが早く発覚していたことでしょう。

相続割合の点でも、以前は非嫡出子の法廷相続分は嫡出子の半分でしたが、2010年に民法の一部が改正され、非嫡出子も嫡出子と同等の相続が認められました。

更に、原作者も書いていたように、現在の女性なら一足の新しい靴を汚すことを気にしないでしょう。複数の女性に3人も子供を産ませておきながら一人も育てず、女性の秘書まで手籠めにするような社長も今ならパワハラやセクハラで糾弾されていたことでしょう。

こうした社会の変化を考慮すると、若い読者にも「充分に興味も持って頂ける」と南條が自負していた『からみ合い』は、60年前の「現代」日本だからこそ成り立っていた物語なのかもしれません。ですが、同時に、富を巡る人間の欲望の醜さはいつの時代も変わらないので、小林正樹の映画も時空を超えて観る者を惹き付けるのだと思います。

 

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映画の特徴

豪華な俳優陣

他の小林映画と同様に『からみ合い』も出演者が非常に豪華です。

主人公の宮川やす子を演じた岸恵子 (1932-) は、小林正樹の映画では『三つの愛』(1954)、『壁あつき部屋』(1956)、『怪談』(1965)、『化石』(1975)にも出演しています。国際的には『怪談』の雪女役が有名ですが、小林映画の中では『からみ合い』が最高の演技だと思います。

河原専造役の山村聰 (1910-2000) は確かに大会社の社長らしい風貌でしたが、恰幅が良いために末期の癌患者には全く見えないのが致命的でした。多少はメイクや苦しそうな演技で病人っぽく見せようとしていましたが、少しも痩せないままでは説得力がありませんでした。確かに短い撮影期間で大幅な減量は困難ですし、最近の俳優のようにどれほど痩せてみても実際の癌患者のようなやつれ方を再現するのは不可能かもしれません。とは言え、原作では癌の進行による専造のやつれ具合を執拗に描写していましたので、それを読んだ後で映画を再見すると余計に不自然さを覚えました。山村聰の演技力とは別に、専造が癌患者らしく見えないのが『からみ合い』の最大の欠点だと思います。

仲代達矢 (1932- ) は、小林正樹の前作『人間の條件』の主人公・梶とは打って変わって女癖が悪い弁護士・古川菊夫を好演していました。『からみ合い』では仲代の役は脇役に近いにも関わらずタイトルでは岸惠子の次に名前が出てきますし、ポスターでは岸惠子よりも大きく仲代のアップが載っていることがあります。それだけ『人間の條件』の大ヒットでスターになった仲代の集客力が急上昇したということかもしれません。

それにしても、藤井純役の千秋実 (1917-1999) と仲代を見ていると、黒澤明の『天国と地獄』(1963) の戸倉警部と記者が小悪党になったみたいで可笑しいです。

川津祐介 (1935- ) も、『人間の條件 第4~6部』の生真面目な寺田二等兵から一転して大島渚の『青春残酷物語』(1960) のような不良青年・成宗定夫役でした。

加えて『人間の條件 第1・2部』で渡合憲兵軍曹を演じた安部徹 (1917-1993) が『からみ合い』では福島の刑事役ですので、終盤の騒動で仲代、川津、安部の3人が同一画面で鉢合わせすると『人間の條件』の3人が別人格で転生したかのような奇妙な面白さがありました。

因みに、安部徹の妻・北原文枝 (1920-1980) も成宗ふみ役でしたので、直接の共演はなくても夫婦で同一映画に出演したことになります。

刑事と言えば、佐藤慶 (1928-2010) も定夫をマークしていた海岸の私服刑事役でした。丸眼鏡をかけていたので、特徴のある声を聞いても佐藤だとは分からないほど別人に見えました。

丸眼鏡と言えば、宮口精二 (1913-1985) が演じた専造の顧問弁護士・吉田禎三は、原作では黒い鼈甲縁の大きなロイド眼鏡をかけていましたが、映画ではかけていませんでした。又、原作では、自分の法律事務所に10年も勤めてきた古川を「酷使し冷罵して功績を横取りしてきた」ので古川からは恩義より怨恨を強く抱かれている冷酷で強欲な人物として描かれていました。

宮口が演じた吉田からは原作ほど酷薄な印象を受けなかったのは彼の語りが人情味に溢れているからでしょうか。もっとも、あっけらかんとした口調だからこそ逆に吉田の腹黒さが際立ったとも言えます。映画のラストで、遺産相続の件でやす子に一杯食わされた後にも関わらず、何食わぬ顔でやす子に「旨味のある話」を持ちかける吉田の食えないキャラを宮口は好演していました。

宮口精二は、他の小林映画では『黒い河』(1957)、『人間の條件 第1・2部』、『怪談』、『化石』に出演していて、『からみ合い』の吉田役は『人間の條件 第1・2部』の王亨立と並ぶ名演だと思います。

弁護士・倉山杏一郎役の滝沢修 (1906-2000) は、映画の終盤に登場して場をさらってしまう存在感を放っていました。『怪談』でも大作を締め括る作者の役を怪演していました。

その他にも、信欣三 (1910-1988)三井弘次 (1910-1979)千石規子 (1922-2012)菅井きん (1926-2018)田中邦衛 (1932-2021) 等の名優が端役で多数出演しています。

異色なのは、小林映画に初出演の平幹二郎 (1933-2016) です。演劇、映画、ドラマで重厚な役のイメージが強かったので、初めて『からみ合い』を見たときには、やす子の情夫を演じているのが誰だかすぐには分からなかったほどです。

更に異色なのが、成宗定夫の不良仲間の一人を演じているのが蜷川幸雄 (1935-2016) なのにも驚きます。オープニングのタイトルで、何故か蜷川と水島真哉の名前が二度もタイトルに出てきますが、単なるミスでしょうか?

フィルム・ノワール風の白黒映像

小林正樹は全22作品中4本しかカラー映画を撮りませんでした。総天然色映画を「あまり好きではありません」という小林は、その理由を「色が役者の芝居を邪魔してしまう」「日本の街というのは汚らしくて、そこに色が入るとよけい汚さがめだつ」と語っていました。

色彩が俳優の芝居を阻害するかどうかはさて置き、日本の街が「汚らし」いというのは分かる気がします。景観に殆ど配慮することなく無秩序に乱立したビルやマンション、乱雑とした看板の数々は、確かに今も美しいとは言い難いです。

『からみ合い』が遺産相続を巡る欲望のせめぎ合いを題材としながらも、映像にはどこか気品すら漂っているのは、小林映画のトレードマークとも言える厳格な構図の白黒ワイド画面に依るところが大きいです。

宮島義勇 (1909-1998) の代わりに撮影を担当したのは、川又昂 (1926-2019)です。小林正樹も賞賛した手腕は宮島にも匹敵していたと思います。左右対称が多いシネスコ画面は、戸田重昌のぎりぎりまで切り詰めた美術と相俟って印象的な構図を多く写しています。冒頭の喫茶店の内装、社長室の壁の能面、病院のベッドで寝ている専造、水槽のある里恵の部屋など、白黒だからなのか、まるでSF映画のように見える瞬間すらあります。

又、まり枝が夜道を一人歩く場面や河原邸の室内などは、フィルム・ノアール的な雰囲気にも満ちています。

武満徹のジャズ

小林正樹はデビュー作『息子の青春』から木下忠司 (1916-2018) に音楽を一任していましたが、『からみ合い』では武満徹 (1935-1995) が小林映画に初参加となりました。

都会的な内容にマッチしたジャズ風の音楽が見事です。演奏は、猪俣猛 (1936- )とウエストライナーズのメンバーです。この頃、武満は映画やラジオドラマにディキシーやモダンジャズを書くほどジャズに入れ込んでいて、好きな同時代作曲家の一人にデューク・エリントンも挙げていたそうです。

いつも思うことですが、武満は純音楽より映画音楽の方が断然良いです。

ところで、以前ビクターから発売されたCD「オリジナル・サウンドトラックによる武満徹 映画音楽」に収録されたタイトル曲は、本編の曲と微妙に演奏が異なるような気がします。サントラに収録されているのはレコード用に演奏し直したテイクなのでしょうか?

私がビクターのCDで『からみ合い』の音楽を初めて聴いてから本編をDVDで初めて見れたのは、何と約四半世紀後の2017年6月27日(火)でした。何度となく聴いた映画音楽を遂に映像と共に鑑賞できたときは非常に感慨深かったです。

仲代達矢に続いて武満徹という新たな才能を得たことによって、このあと小林正樹の映画は更なる飛躍を遂げることになりました。

(敬称略)

 

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参考資料(随時更新)

書籍

Joan Mellen, Voices from the Japanese Cinema, Liveright, 1975

『役者 MEMO 1955-1980』 仲代達矢、講談社、1980年

『キネマ旬報』 1996年12月下旬号、キネマ旬報社

『作曲家・武満徹との日々を語る』 武満浅香、小学館、2006年

未完。』 仲代達矢、KADOKAWA、2014年

女優 岸惠子』 岸惠子 監修、キネマ旬報社、2014年

『生誕100年 映画監督・小林正樹』 庭山貴裕、小池智子 編、公益財団法人せたがや文化財団 世田谷文学館、2016年

映画監督 小林正樹』 小笠原清、梶山弘子 編、岩波書店、2016年

武満徹 ある作曲家の肖像』 小野光子、音楽之友社、2016年

仲代達矢が語る日本映画黄金時代 完全版』 春日太一、文藝春秋、2017年

からみ合い』 南條範夫、徳間書店、2019年

岸惠子自伝 卵を割らなければ、オムレツは食べられない』 岸惠子、岩波書店、2021年

その他

映画監督 小林正樹」 松竹シネマクラシック

CD『オリジナル・サウンドトラックによる武満徹 映画音楽① 小林正樹監督作品篇』 ビクター音楽産業、1990年

DVD『からみ合い』 松竹株式会社、2016年

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