分かり易い作品とは…

「優れた作品は分かり易いのか?」または「分かり易い作品は優れているのか?」という問いをネット上で見かけることがあります。

このことに関して、私が以前から思っていたことを綴ってみます。

芸術や娯楽を問わず、優れた作品とは分かり易いもので、尚且つ、作者が込めた意図などを読み取る姿勢によって更にその不思議な魅力が深まっていくものだと思います。

ですが、「分かり易い」という言葉は、非常に定義が曖昧で誤解を招き易いので、別の言い方が必要かもしれません。

「分かり易い」と言う替わりに「受け入れ易い」と言う方が良いのでしょうか。芸術作品の場合、理解と同時に感じることも重要だからです。或いは、(作品が)「好きだ」、「気に入った」、「魅かれる」、「一目惚れ」、「面白い」、「相性がいい」、「ウマが合う」、「波長ぴったり」、「運命の出会い」、等々。

 

私にとっての「分かり易い」作品とは、その作品に込められた作者の意図が「理解し易い」という以上に、抵抗感無く「受け入れ易い」又は、素直に「好きになれる」作品だと思います。

勿論、これは私個人の定義ですので、違う意味で使っている人もいる筈です。

どの作品が「分かり易い」か否か、というのは、主観的で個人的なものだと思います。

ある作品が私にとって「分かり易い」としても、他の人にはそうでない場合がありますし、逆もまた然り。

又、仮に作者の意図を理解できたとしても、その作品を好きになるとは限りません。逆もまた然り。

ですから、どの作品が万人にとって「分かり易い」かを決めるのは不毛な気がします。

「分かり易さ」の基準は人それぞれで、それを判別する明確な規則も無いからです。(もしかしたら、あるのかも?)

ある作品を「分かり易い」と言っても、別の人が「分かり難い」と言えばそれまでで水掛け論にしかなりません。

ですから、自分にとって「分かり易い」作品を別の人が「分かり難い」と言っても、それはその人の主観的な判断ですので、それ以上でもそれ以下でもありません。取り立てて不可解に思ったり、憤慨するほどのことでもありません。結局は個人の嗜好です。

 

それと、作品 (とその作者) の国の文化や言語、歴史などにどれだけ馴染んでいるかという要素も、その作品が「分かり易い」か否かを決めると思います。

同様に、鑑賞者の国籍や、年齢、文化的背景、その日の心理的状態などによっても「分かり易い」作品は異なってくる筈です。

もし鑑賞者が作品に込められた作者の意図を理解しない (出来ない) のであれば、確かに「分かった」とは言えないかもしれません。

現時点での知識や感性に甘んじずに作者の意図を理解しようと努力することも重要だと思います。

その一方で、「理解できる」かどうかとは別に、作品を「好き」になるかどうかは鑑賞者の自由です。

 

「分かり易い作品」というと鑑賞者に安易に迎合した色ものという印象を持たれる傾向があります。

ですが、難しい題材を鑑賞者に分かり易く伝えようと作者が奮闘努力した作品と、鑑賞者を舐めた態度で安易に作ったものとは全く違います。

肝心なのは作品の質 (又は理屈では割り切れない魅力) です。

 

「分かり易い」作品を理想としていた黒澤明や伊福部昭にしても、決して鑑賞者に安易に媚びたり迎合したりはしませんでした。

自分の意図が分かり易く伝わるように、黒澤監督は抜群の脚本や編集などを、伊福部先生は高度な管絃楽法など最高の技術を駆使したからこそ、二人の作品は分かり易く、時代を超えて生き続けています。

又、二人とも作品を分かり易くする一方、鑑賞者が良い作品に触れて観賞力を向上させることの重要性も説いていました。

(虚心坦懐という言葉が好きな黒澤明だったからこそ、タルコフスキーの映画『鏡』を「こんな判りやすい映画はない」と言えたのかもしれません。タルコフスキーも黒澤映画が好きでしたし)

 

黒澤明 「いい作品がずっと出ていたときは、お客も程度が高かったんです。ところが、一度下がっちゃった観賞力を、上げるというのは大変なんだよね。そのためには、いつでもいい映画を、たくさん見せてなきゃダメですよ」 ― エスクワイア 1990年9月号

伊福部昭 「芸術家は何よりもまず自己の審美感に忠実でなくてはならないからである。芸術の世界にあっては、定説によって自己の審美感を歪める以上の悪徳はない。しかしながら決してこのことは審美感の向上の努力を否定する意味にとってはならない」 ― 『完本・管絃楽法』(音楽之友社)


私にとっての「分かり易い」作品とは、その作品に込められた作者の意図が「理解し易い」という以上に、抵抗感無く「受け入れ易い」又は、素直に「好きになれる」作品です。

作品の鑑賞においては「理解する」ことと同様に「感じる」ことも重要だと思うからです。

何にしても、「分かり易い」作品の定義は曖昧過ぎて誤解を招き易いので、「分かり易い」という言葉は人前では使わずに心の中で使った方が無難かもしれません。


※今回の記事は、2014年6月20日のアメブロ記事に加筆修正を加えたものです。

イラストレーター タムラゲン (田村元) Gen Tamura artist and illustrator

コメント