鳥取県日帰り旅行 伊福部昭記念館を訪れました

こんにちは。タムラゲン (@GenSan_Art) です。

鳥取県日帰り旅行 伊福部昭記念館を訪れました タムラゲン

7月2日(火)、妻と一緒に鳥取県へ日帰り旅行に行ってきました。7月1日に開館した伊福部昭記念館を訪れるのが主な目的でした。

 

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鳥取県日帰り旅行

午前8時20分頃、自家用車で自宅を出発。天気は雨でしたが、気温が約28℃でしたので助かりました。

瀬戸中央自動車道で瀬戸大橋を渡った後、高速道路を走行しながら岡山県を縦断して、初めて鳥取県に入りました。妻は子供の頃の家族旅行で鳥取砂丘に行ったことがあるそうです。

伊福部昭記念館

午後12時50分頃、伊福部昭記念館に到着しました。

伊福部昭記念館 鳥取県鳥取市河内

撮影:タムラゲン Photo by Gen Tamura

作曲家・伊福部昭先生は、1914年、釧路に生まれました。1923年、警察官吏だった父の利三が音更の村長に就任したのに伴い、少年時代を音更で過ごしました。アイヌの人々とも親しくなり、彼等の生活や文化に直に触れました。同時に、ヴァイオリンやギターも弾くなど西洋音楽も嗜みました。19歳で《ピアノ組曲》を完成させ、21歳のときの《日本狂詩曲》がパリのチェレプニン賞の第一席入賞するなど、国内外で目覚ましい成果を上げました。1936年、来日した作曲家アレクサンドル・チェレプニンから約1ヶ月作曲法と管絃楽法を学びました。その後も林務官や戦時科学研究員を勤める傍ら、《土俗的三連画》や《交響譚詩》等を作曲しました。敗戦後、上京。1946年、東京音楽学校 (現・東京藝術大学音楽学部) の作曲科講師に就任して、芥川也寸志や松村禎三など後の名作曲家を数多く輩出しました。純音楽の分野では《シンフォニア・タプカーラ》等の名曲を次々と作曲しました。又、1947年の映画『銀嶺の果て』を皮切りに『ゴジラ』や『座頭市物語』等、約300本の映画音楽も手がけました。1953年、大著『管絃楽法』初版 (音楽之友社) 出版。1974年、東京音楽大学の作曲科教授に就任。1976年、同大学の学長に就任。1985年、同大学附属民族音楽研究所の初代所長に就任。2003年、文化功労者顕彰。2005年、「音楽・九条の会」の呼びかけ人として参加。2006年、逝去。

伊福部先生の出身は北海道ですが、本籍地は鳥取県の国府町でした。というのも、因幡国の古代豪族を先祖とする伊福部家は、明治時代まで宇倍神社の神官を代々務めていたのです。系図上、伊福部昭先生は、67代目にあたります。

先生の長女・玲さんは数十年に渡り陶芸家として活躍の場としていた神奈川から、数年前に鳥取県に移住しました。地元の方々の後押しもあり、先生の生誕110年となる今年の7月1日に先生の貴重な資料を展示する記念館が開館しました。

伊福部昭記念館 鳥取県鳥取市河内

撮影:タムラゲン Photo by Gen Tamura

築100年を超える屋敷は、歴史を感じさせる雰囲気です。

撮影:タムラゲン Photo by Gen Tamura

周囲は山や自然に囲まれていて、大自然の中で育まれた伊福部音楽の世界を伝えるのに相応しい場所に見えます。

入館後、受付の方に写真撮影とブログ掲載の許可を頂こうとお聞きすると、玲さんを呼んでくださいました。玲さんにお会いするのは、伊福部先生の《ヴァイオリン・ソナタ》が福井県県民ホールで演奏された2008年10月5日以来、約16年ぶりでした。館内の写真撮影と写真の拙記事への掲載を快く許可してくださった玲さんに感謝いたします。

第1展示 昭書斎再現

文字通り、伊福部先生の書斎が再現されています。

伊福部昭記念館 鳥取県鳥取市河内

撮影:タムラゲン Photo by Gen Tamura

作曲机、椅子、本箱、文具抽斗、楽譜箪笥など、これまで写真やビデオで何度も見たことのある先生の作曲道具の数々を直に拝見できて、いきなり感激しました。先生の終の棲家であった東京都世田谷区尾山台の邸宅が数年前に更地になったのをネット上で知っていましたので、感激もひとしおでした。

作曲机の前の壁に飾られていた額縁の人型のオブジェが何なのか長年の疑問でしたが、玲さんによると中国の影絵だそうです。影絵ということで、先生が音楽を書いたこともある藤城清治さんについても話が及びました。

それにしても、間近に見る作曲机は想像以上の大きさでした。オーケストラの総譜がいかに大きいかを考えてみれば、これくらいの作業スペースが必要であることが一目瞭然でした。

机の上には、先生の著書『管絃楽法』初版の上下巻と同著の通信教育版、『音楽入門』現代文化振興会版が置いてありました。

現在、『管絃楽法』は上下巻を合わせた完本が音楽之友社から、『音楽入門』は全音楽譜出版社と角川ソフィア文庫から入手可能です。

第2展示 昭の時空

伊福部先生が自ら客人をもてなしたコーヒー器具、茶碗、ポットの他、多数の百科事典、自筆原稿などです。

伊福部先生が淹れてくださった濃厚なコーヒーは有名ですし、庭の落ち葉を燃やして紅茶を沸かしていたことも『音楽入門』に先生が書かれていました。先生が愛煙していたダンヒルの箱は、民族音楽研究所に残っていたものだそうです。

伊福部ファンにとって特に注目を集めそうなのが、《日本狂詩曲》と《土俗的三連画》の自筆楽譜です。ガラスケースの中に展示されていますので、楽譜の中身が見れるのは《土俗的三連画》の1ページ目のみですが、先生の直筆による表紙を見れるだけでも興奮します。

《日本狂詩曲》と《土俗的三連画》の録音の中では、広上淳一指揮、日本フィルハーモニー交響楽団の演奏を収録した1995年のCD「伊福部昭の芸術1 初期管弦楽」がお薦めです。

伊福部先生ご本人による監修ですので、作曲者の意図に最も忠実な演奏です。片山杜秀さんによる解説も充実していますので、伊福部音楽入門には最適のシリーズだと思います。

第3展示 楽器・映画音楽

伊福部先生が収集していた楽器の一部が展示されています。明清楽器の太鼓や、先生が自ら弾いていたリュート、ヴァイオリンとそのケース、玲さんが買ってもらったというピアノ。どれも歴史を感じさせる貴重な楽器です。

先生の映画音楽作品の年譜が記された屏風や、先生の伝記絵本が置かれた部屋では、今年6月1日に開催された開館記念コンサートを録画したDVDが上映されていました。

ところで、入館前に、見覚えのある東京音楽大学民族音楽研究所の看板が入口に掲げられていたのに意表を突かれました。

東京音楽大学 民族音楽研究所 伊福部昭記念館 鳥取県鳥取市河内

撮影:タムラゲン Photo by Gen Tamura

今年、研究所の建物が取り壊されると玲さんから聞いて更に驚きました。伊福部先生が自らデザインしたという看板が残されたのがせめてもの救いでした

伊福部昭記念館が先生のルーツである鳥取で開館したのは実に喜ばしいことです。拙記事で書いたより遥かに多くの貴重な資料が展示されていますので、伊福部ファンの方は勿論、音楽を学ぼうとする方も、是非お越しください。

開館予定

伊福部昭記念館
住所:〒680-1425 鳥取県鳥取市河内361
メール:akira@ifukube.net

開館日:2024年7月は、1日(月)から7日(日)まで開館
    8月以降は、月はじめの第1金曜日から月曜日までの4日間開館
休館:12月から2月(冬季積雪のため)
開館時間:10:00~16:00(入館は15:30まで)
     ※メール、郵便にてお問合せください。
入館料:一般   1000円
    18歳以下  500円
    5歳まで    無料
    河内の方     無料

 

鳥取砂丘

妻の希望で、鳥取砂丘へ行きました。昼食の目当てにしていた砂丘会館のレストランは午後2時で閉まっていたので、仕方なく、近くのカフェレストラン スカットに入りました。私はクロワッサンサンド、妻はベーコンエッグサンドを食べました。

鳥取砂丘会館の売店では、梨ソフトを二つ購入して、妻と一緒に食べました。

その後、砂丘へ行きました。海岸近くの人が豆粒のように小さく見えるので、如何に広いのかが実感できました。

鳥取砂丘

撮影:タムラゲン Photo by Gen Tamura

それにしても、話は聞いていましたが、砂丘の緑化が思っていた以上に進んでしました。湿度が高いからでしょうか。

 

因幡万葉歴史館

因幡万葉歴史館 鳥取県鳥取市国府町 大伴家持 伊福部昭 作曲 『因幡万葉の歌五首』

撮影:タムラゲン Photo by Gen Tamura

歴史館の概要は、公式サイトをご参照ください。

因幡万葉歴史館 (tbz.or.jp)

因幡の豪族の子孫であり国府町と縁が深い伊福部先生は、1994年に町からの委嘱で、因幡万葉歴史館開館記念の歌曲《因幡万葉の歌五首》を作曲しました。

大伴家持が因幡に国司として赴任中に詠んだ4首と、家持の叔母であった大伴坂上郎女が因幡赴任中の家持を思い詠んだ1首の計5首を歌詞とした雅な歌です。1994年10月30日、国府町中央公民館にて、藍川由美さんのソプラノ、野坂惠子さんの二十五絃箏、星川龍二さんのアルト・フルートによって初演されました。

《因幡万葉の歌五首》の第1曲「あたらしき」の歌詞に採用されたのは、万葉集の最後を飾った大伴家持の歌です。この歌を刻んだ石碑を挟んで立つ伊福部先生と当時の国府町町長・木村肇さんの写真が『文藝春秋』1995年1月号に掲載されました。約30年後のこの日、私もその石碑を見ることができました。

宇倍神社 伊福部先生のお墓参り

続いて向かったのが、伊福部先生の御先祖が代々神官を務めた宇倍神社です。かつて玲さんから2011年4月20日に神社にて開催された例祭奉納のご案内を頂いていましたが、当時は行くことが叶いませんでした。この度、ようやく参拝することが出来ました。

その後、伊福部先生のお墓参りに行きました。神社の近くの山道に、先生と伊福部家代々のお墓が並んでいました。お父上の利三さんや戦時中に早逝した次兄・勲さんのお墓もあり、先生のお墓の側面には奥様のアイさんのお名前も刻まれていました。

山林に囲まれた中で、伊福部先生が静かに眠っておられるのは何か不思議な気持ちがしました。先生が亡くなられて18年も経ちましたが、生命力に満ちた先生の作品を何度も聴いていましたので、今も曲の中に先生が居るかのような錯覚を覚えてしまいます。

お墓の中で永眠されている伊福部先生には、長い間お疲れ様でしたという感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。と、同時に、世界中で聴かれ続けている作品の中で、先生の魂は今も生きているようにも思えます。

伊福部先生、本当にありがとうございました。

宇倍神社 鳥取県鳥取市国府町 伊福部昭先生のお墓

撮影:タムラゲン Photo by Gen Tamura

 

砂の美術館

残された時間は、妻の希望で、再び鳥取砂丘へ向かいました。砂の美術館で開催中だった第15期展示「砂で旅行・フランス編」を閉館時間の午後6時まで何とか見れました。

その後、イオンモール鳥取北の近くでガソリンを給油して、帰路につきました。途中、何度か休憩しながら午後11時半頃に帰宅しました。

 

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