伊福部昭《日本狂詩曲》世界初演90周年 伊福部音楽の祭典!

こんにちは。タムラゲン (@gensan) です。

伊福部昭 作曲 日本狂詩曲 イラスト:タムラゲン  Japanese Rhapsody composed by Akira Ifukube | Illustration by Gen Tamura

イラスト:タムラゲン Illustration by Gen Tamura

90年前の今日 (4月5日) は、伊福部昭の《日本狂詩曲(1935) が米国で世界初演された日です。

伊福部が21歳のときに全くの独学で書き上げた最初の管絃楽曲です。チェレプニン賞を受賞したことにより、伊福部が一躍世界的に知られるきっかけにもなった名曲です。

 

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《日本狂詩曲》について

作曲から初演まで

1914年、伊福部昭は、北海道釧路町幣舞(現・釧路市)に生まれました。1923年、警察官吏だった父の利三が音更の村長に就任したのに伴い、伊福部は少年時代を音更で過ごしました。更に、アイヌの人々と親しくなり、彼等の生活や文化に直に触れました。

1926年、札幌二中(現・札幌西高校)に入学した伊福部は、西洋音楽も嗜み、ヴァイオリンやギターも弾くようになりました。更に、伊福部は15歳のときに、イーゴリ・ストラヴィンスキー Igor Stravinsky (1882-1971) の《春の祭典》(1913) を聴いて衝撃を受けます。友人であり後の音楽評論家・三浦淳史 (1913-1997) の勧めもあり、作曲も始めた伊福部は《ピアノ組曲》(1933) などの作品を書き上げました。

1935年、北海道帝国大学を卒業後、伊福部は林務官として厚岸の森林事務所に勤める傍ら、初の管絃楽曲《日本狂詩曲》を完成させます。同年、ロシア出身の作曲家アレクサンドル・チェレプニン Alexander Tcherepnin (1899-1977) が主催したチェレプニン賞で第1位入賞したことにより、一躍その名が世界的に知られました。

尚、当初《日本狂詩曲》は3楽章形式でしたが、チェレプニン賞の規定に合わせるため、伊福部は第1楽章であった「じょんがら節」を割愛しました。初演後は「夜曲」と「祭」の2楽章形式として定着しました。

1936年4月5日、《日本狂詩曲》は、ファビエン・セヴィツキー Fabien Sevitzky (1893-1967) 指揮、ピープルズ交響楽団によって、アメリカのジョーダン・ホール(マサチューセッツ州ボストン)にて初演され、好評を博しました。

こうした海外での賞賛にも関わらず、日本国内の楽壇は伊福部に対して冷淡でした。明治以来、日本は、ドイツやオーストリア等、西欧の音楽を規範としてきましたので、日本古来の民謡等を取り入れた伊福部の作品は、無調や十二音音楽が流行った戦後も冷遇され続けました。

ですが、前衛音楽も下火になってきた1980年代あたりから、伊福部の音楽が再評価され始め、現在では《日本狂詩曲》も演奏される回数が増えてきました。

 

編成

1995年に発売されたCD『伊福部昭の芸術1』(キングレコード) のブックレットに記載された片山素秀 (現・片山杜秀) (1963- ) の解説によりますと、《日本狂詩曲》の楽器編成は次の通りです。

ピッコロ、フルート2、オーボエ2、コール・アングレ、変ロ管クラリネット2 (共に変ホ管持ち替え)、変ロ管バス・クラリネット、ファゴット2、コントラファゴット、ホルン4、トランペット3、トロンボーン3、テューバ、ティンパニ、打楽器:奏者8人 (大太鼓、小太鼓2、シンバル又は饒鉢、タムタム、カスタネット又は拍板、タンブリン、ウッドブロック又はラリ)、ハープ2、ピアノ、弦楽

伊福部昭が自ら監修したCDですので、この編成が決定版とも言えます。ただ、打楽器の一部は過去に幾度か変更もあったようです。

上記の広上淳一 (1958- ) 指揮/日本フィルハーモニー交響楽団による演奏の他に、私が確認できた打楽器編成は以下の3つです。

● 《日本狂詩曲》総譜、龍吟社(トランペットが2つとなっています)
● 1961年、山田和男 (山田一雄) (1912-1991) 指揮/東京交響楽団(三浦淳史のCD解説)
● 2002年9月4日、沼尻竜典 (1964- ) 指揮、東京都交響楽団  『月刊 都響 2002年9月号』

それぞれに記載された編成で共通している打楽器は、ティンパニ、大太鼓、タンブリンの3つです。

又、演奏の映像やオケのTwitter (現X) も見てみますと、その他の打楽器には様々な組み合わせがありました。私が確認できた範囲ですので、これ以外にもあるかもしれません。コンガの使用が多い印象ですが、コンガも小太鼓の扱いなのでしょうか。

小太鼓1 小太鼓2 シンバル カスタネット ウッドブロック タムタム
総譜 (龍吟社) 拍子木
1961年
東響 
桶胴 拍板(クラベスには歌舞伎の拍子木) 祭太鼓の胴打ち  
2002年
都響
フィールド・ドラム なし? 銅鈸子 拍板とカスタネット
2014年
東フィル
締太鼓 コンガ
2020年
N響
締太鼓 コンガ
2024年
和響
コンガ
2025年
ポミエ
締太鼓 平太鼓 風鑼 (fēng luó)

 

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個人的鑑賞記

鑑賞した演奏

これまでに私が聴いた《日本狂詩曲》の演奏は、次の表の通りです。年代順に並べましたので、私が聴いてきた順とは異なります。

演奏日 指揮者 オーケストラ 媒体
収録日不明 三石精一 東京フィルハーモニー交響楽団 CD
1961年 山田一雄 東京交響楽団 CD
1967年12月 若杉弘 読売日本交響楽団 CD
1980年5月13日 山田一雄 新星日本交響楽団 CD
1990年1月13日 岩城宏之 東京都交響楽団 CD
1994年1月29日 小泉和裕 新交響楽団 CD
1995年8月22日 広上淳一 日本フィルハーモニー交響楽団 CD
2000年7月25日~27日 沼尻竜典 東京都交響楽団 CD
2002年9月4日 沼尻竜典 東京都交響楽団 LIVE
2004年5月31日 本名徹次 日本フィルハーモニー交響楽団 LIVE / CD
2020年12月5日 井上道義 井上道義 TV
2021年11月20日 井上道義 群馬交響楽団 CD
2024年11月9日 海老原光 オーケストラ和響 YouTube
2025年10月11日 村瀨涼 オーケストラ・ポミエ YouTube

 

個人的体験記

CD

多くの伊福部ファンと同じように、私も『ゴジラ』等の東宝特撮映画の音楽で伊福部昭を知り、伊福部音楽のファンになりました。

そして、1992年に出版された『伊福部昭の宇宙』(音楽之友社) で、伊福部の純音楽作品にも興味を持ちました。

私が最初に購入したのが、フォンテックのCD「伊福部昭 交響作品集」でした。山田一雄 指揮/新星日本交響楽団の演奏です。《日本狂詩曲》の「夜曲」で独特な旋律に忽ち心惹かれ、「祭」の爆発的な響きに熱狂した私は、一気に伊福部の純音楽にのめり込んでいきました。

現在、この伝説的な名演は同じフォンテックのCD「伊福部昭 作品集」にも収録されています。

その後、長い間、ヤマカズ/新星日響による白熱の演奏にハマっていましたので、2000年のナクソスのCD「日本管弦楽名曲輯」に収録された沼尻竜典指揮/東京都交響楽団による演奏を初めて聴いたときは、ゆっくりしたテンポの「祭」に物足りなさを感じてしまいました。

ですが、伊福部が意図していたのは、その悠然としたテンポであったことを後に知りました。伊福部に師事した作曲家の堀井友徳 (1973- ) も、「いちばんテンポが正確だと先生が云っていたのは、ナクソスの沼尻盤」と証言していました。 ー キングレコードの伊福部昭作品集」(後の祭)

かつては《シンフォニア・タプカーラ》や《リトミカ・オスティナータ》を超スピードで指揮していた井上道義 (1946- ) も《日本狂詩曲》をじっくりと指揮するようになっていきました。特に、2021年11月20日に指揮した群馬交響楽団の演奏は、私が聴いた中でも最もスローなテンポの「祭」でしたので意表を突かれました。

今でもヤマカズ/新星の演奏には思い入れはありますが、最近は作曲家自身が監修した広上淳一/日フィルの演奏をよく聴くようになりました。

 

生演奏

私が現在までに聴いた《日本狂詩曲》の生演奏は2回のみです。

都響スペシャル「日本音楽の探訪」シリーズ第1回
2002年9月4日 東京芸術劇場
沼尻竜典 指揮/東京都交響楽団
伊福部昭 九十歳 [卆寿] を祝うバースデイ・コンサート
2004年5月31日 サントリーホール
本名徹次 指揮/日本フィルハーモニー交響楽団

都響の演奏会は、生まれて初めて聴く《日本狂詩曲》の生演奏でしたので、終始大興奮でした。席もかなり前でしたので、ヴァイオリンをウクレレのように抱えてピチカートするという特殊奏法などがよく見えて視覚的にも大変興味深かったです。

日フィルも中々の好演でした。「祭」も重厚なテンポでいくのと思いきや、最後でいきなり早くなって畳み掛けるように締めくくったのには仰天しました。本名徹次 (1957- ) は、第1回 伊福部昭音楽祭でも、《日本組曲》の「佞武多」の終わりで矢鱈と早く振っていました。クセなのでしょうか?

どちらも伊福部昭本人が来場した演奏会だったので、非常に思い出深いです。存命だった頃の巨匠と同じ空間で、その代表作を二度も聴けたのは貴重な体験でした。

 

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打楽器から垣間見える伊福部にとっての「日本」

《日本狂詩曲》の特徴の一つは、何と言っても9人もの打楽器奏者を要するという律動主体の編成です。(ハープが2台というのも異例です)

この楽器編成に至ったきっかけは、伊福部の大学時代まで遡ります。

1932年、北海道帝国大学農学部林学実科に入学した伊福部は、文武会管絃楽部でコンサートマスターを務めました。伊福部は、当時の現代的な作品を演奏したがっていましたが、学生オケの力量不足のため諦めかけていました。そこで、旋律は自らヴァイオリンで弾き、残るオケのメンバー全員は打楽器だけを叩かせようという奇抜な編成を思い付きます。

後年このことを振り返りながら、伊福部が「本気の曲書きの発想ではない」「アマチュア学生楽団の宴会の余興の発想」と自嘲気味に語ったように、この曲は途中までは書かれたものの完成には至りませんでした。

ですが、この誇大妄想的な発想は決して無駄にはなりませんでした。当時、文通していたセヴィツキーから曲を求められたことが動機となって、書きかけのまま放置されていた打楽器協奏曲は管絃楽曲《日本狂詩曲》として誕生したのです。

第2楽章「祭」は、題名通りお祭りのような活気ある曲です。最近は、Blu-rayやYouTubeで9人の打楽器奏者が演奏する姿も見ることができますので、視覚的にもお祭り的な楽しさがあります。

ところで、《日本狂詩曲》がチェレプニン賞を受賞した後、日本のお堅い楽壇からは「(外国人の)フジヤマ、ゲイシャ的異国趣味に迎合」したなどという批判があったそうです。

ですが、伊福部にとっての「日本」が何であるのかを凝視すれば、そのような批判が的外れであることがわかる筈です。

少年時代の伊福部がアイヌの人々と交流していたのは有名ですが、それ以外にも他文化との接触がありました。

小学校の頃、札幌に住んでいた伊福部は、近所の人が吹く明笛に聴き惚れて、よく聴かせてもらったそうです。後年、伊福部は月琴や二胡などを蒐集するほど明清楽器を愛好しました。それらの楽器は、映画『アナタハン』(1953) や『日本誕生』(1959) でも使用されました。

CD「伊福部昭の芸術1」のセッション録音でも、伊福部が持参した拍板などの民族楽器が《日本狂詩曲》で使用されました。近年も、伊福部が初代所長を務めた東京音楽大学付属民族音楽研究所で明清楽器が度々紹介されています。

何よりも、少年時代の伊福部は、父の利三から家学として「老子」を教え込まれていました。その影響もあってか、中国の古典にも造詣が深く、白居易の詩を基にした二十五絃箏曲《琵琶行》も作曲しています。

又、同時期の札幌で、伊福部は、亡命ロシア人の家族が営むミルクホールでロシア民謡を聴くこともありました。ストラヴィンスキーに触発されて作曲を始めたり、チェレプニンがただ一人の作曲の師であることも含めて、伊福部はロシアの文化も敬愛していました。

余談ですが、NHKの連続テレビ小説『ばけばけ』(2025-2026) では、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)がモデルの雨清水八雲(レフカダ・ヘブン)が、東京帝国大学を解雇されたことを家族に隠すためにミルクホールに通い詰めていました。この場面を見たとき、伊福部が民謡を聴きに行ったミルクホールのことを真っ先に連想しました(笑)

伊福部昭の作品を形容する際によく「民族主義」という言葉が使われるため、自国文化至上主義のような英語の「ナショナリズム」と誤解されることがあります。太平洋戦争中、横暴な軍部の命令で伊福部が(不本意ながらも)戦意高揚の曲を書かされたことも、この誤解に拍車をかけているようです。

ですが、伊福部が言う「民族」が狭い意味での「日本」に留まらないことは、少年時代に北海道で触れた多文化共生の体験からも明らかです。東京中心とした日の丸や桜ではなく、アイヌやロシアに近いもっと大きな世界を伊福部は見据えていました。事実、伊福部は「日本人が特別というような、自民族を持ちあげる考え方を、私は一切持っておりません。誇りというものはありますが、それはどの民族でも持つでしょう」と語っています。(『大楽必易―わたくしの伊福部昭伝―』)

そして、戦時中の「八紘一宇」や「大東亜共栄圏」などというスローガンとは正反対の実態も、伊福部は目の当たりにしていました。1944年、新京音楽院に招待された伊福部は、満州を訪問しました。その途中で立ち寄ったハルピンの店で白系ロシア人の女性が日本人に敵意を向けているのを見て、日本の敗戦が遠くないことを痛感したそうです。(晩年の伊福部は、音楽・九条の会の呼びかけ人の一人でもありました)

伊福部昭「日本は国際的な意識が乏しい民族ですから、占領した民族の自意識を尊重しながら独立させ援助するなんて思想が、どだいなかったわけです。ただ押さえつけるだけ。ほんとに酷いことをやってね」―『独特老人』(筑摩書房)  

話を《日本狂詩曲》の打楽器に戻します。

題名に「日本」と謳っていているのも関わらず、9つの打楽器は多国籍です。邦楽器と言えそうなのは饒鉢くらいで、拍板は中国の伝統的打楽器で、タムタムはオーケストラでは一般的な打楽器となっていますし、ラリに至ってはフィジーの打楽器です。

それを言うならオーケストラそのものが西洋のものというツッコミが入りそうですが、伊福部流の広大な歴史観で見れば、オーケストラの楽器はどれもアラブやアジアなど非西洋圏が起源なのです。管絃楽法の達人であった伊福部であれば、オーケストラを駆使してヨーロッパから離れた日本的な響きを生み出せても不思議ではありません。

それを証明するように、音楽評論家・齋藤俊夫が、詳細に《日本狂詩曲》の楽譜を分析して、その多民族的な特徴を見出していました。―「評論|伊福部昭―独り立てる蒼鷺|2.『日本狂詩曲』は民族性を横断する|齋藤俊夫」(Mercure des Arts)

ここまで来ると、《日本狂詩曲》の「日本」は、一国に留まるような内向きなものではなく、遣隋使や遣唐使の時代から海外の文化を積極的に吸収して独自の文化を熟成してきた多文化社会としての日本すら感じさせます。

国内外で偏狭な「愛国心」や「ナショナリズム」によって排外主義が煽られている現状だからこそ、《日本狂詩曲》をはじめとする伊福部音楽の多文化共生的な懐の深さは重要性を増していると思います。

今年は伊福部昭の没後20年ですので、《日本狂詩曲》が更に演奏されることを期待しています。

(敬称略)

 

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演奏予定

Happy Hour Orchestra 「お祭りコンサート」 (2026/7/18)

日時:2026年7月18日(土) 14:00開演
会場:東大阪市文化創造館 Dream House 大ホール
指揮:木下麻由加
演奏:Happy Hour Orchestra
公式サイト:Happy Hour Orchestra 「お祭りコンサート」 | コンサートスクウェア(クラシック音楽情報)

 

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演奏動画

2024年11月9日
会場:ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:海老原光
演奏:オーケストラ和響

 

2025年10月11日
会場:フェニーチェ堺 大ホール
指揮:村瀨涼
演奏:オーケストラ・ポミエ

 

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過去の演奏(ほんの一部)

一覧

この表はまだ未完成ですので、今後も判明次第追加していきます。

演奏年月日 指揮者 オーケストラ 会場
1936年4月5日
(世界初演)
ファビエン・セヴィツキー ピープルズ交響楽団 ニューイングランド音楽院ジョーダン・ホール(ボストン)
1938年8月7日
※放送(放送初演)
小船幸次郎 日本放送交響楽団 (現・NHK交響楽団)
1939年6月9日
※放送
小船幸次郎 ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団
1939年6月18日
※放送「夜曲」のみ
小船幸次郎 フィンランド放送交響楽団
1939年7月5日
※放送
小船幸次郎 ローマ放送交響楽団
1940年12月14日 近衛秀麿 ウィーン交響楽団
1942年12月8日 フェルナンド・プレヴィターリ イタリア放送交響楽団
1944年9月27日
(日本初演)
金子登 東京交響楽団(現・東京フィルハーモニー交響楽団) 日比谷公会堂
収録日不明
1957年8月2日放送
三石精一 東京フィルハーモニー交響楽団
1961年 ※録音 山田和男(山田一雄) 東京交響楽団
1967年12月
※作曲家立ち会いの下で録音
若杉弘 読売日本交響楽団 日本コロムビア第1スタジオ
1971年1月27日 小船幸次郎 横浜交響楽団 神奈川県立音楽堂
1980年5月13日 山田一雄 新星日本交響楽団 東京文化会館
1982年9月15日  芥川也寸志 新交響楽団  東京文化会館
1986年10月12日
※「祭」のみ
秋山和慶 東京交響楽団  
1990年1月13日 岩城宏之 東京都交響楽団 東京文化会館
1990年12月7日 山田一雄 新星日本交響楽団  サントリーホール
1993年5月3日 石丸寛 新星日本交響楽団  
1994年1月29日 小泉和裕 新交響楽団 東京芸術劇場
1995年8月22日
※録音
広上淳一 日本フィルハーモニー交響楽団 セシオン杉並
2000年7月25日~27日 ※録音 沼尻竜典 東京都交響楽団 東京芸術劇場
2002年9月4日 沼尻竜典 東京都交響楽団 東京芸術劇場
2002年10月11日 小松一彦 札幌交響楽団  
2004年5月31日 本名徹次 日本フィルハーモニー交響楽団 サントリーホール
2005年4月3日 金山隆夫 オーケストラ・ディマンシュ  
2006年10月28日 渡邊一正 東京フィルハーモニー交響楽団  
2007年5月30日 井上道義 大阪フィルハーモニー交響楽団  ザ・シンフォニーホール
2008年8月26日 井上道義 読売日本交響楽団  サントリーホール
2008年10月2日 ※アンコール 井上道義 シモン・ボリバル・ユース・オーケストラ(ベネズエラ)  
2013年10月3日
2014年1月19日「題名のない音楽界」で放送 ※「祭」のみ
佐渡裕 日本フィルハーモニー交響楽団  
2014年2月24日
※同年5月30日放送
高関健 東京フィルハーモニー交響楽団 NHKホール
2014年5月30日 高関健 札幌交響楽団 札幌コンサートホールKitara
2014年5月31日 高関健 札幌交響楽団 札幌コンサートホールKitara
2014年7月13日
(校訂版初演)
和田薫 東京フィルハーモニー交響楽団 東京オペラシティ コンサートホール
2016年10月13日 ※「祭」のみ 鈴木優人 東京フィルハーモニー交響楽団 NHKホール
2017年6月11日 井上道義 東京交響楽団 ミューザ川崎シンフォニーホール
2017年6月22日 井上道義 九州交響楽団 アクロス福岡シンフォニーホール
2018年5月5日 井上道義 新日本フィルハーモニー交響楽団 東京国際フォーラム ホールC (ナボコフ)
2018年10月6日 佐々木雄一 オーケストラ・ウィル かつしかシンフォニーヒルズ
2020年2月22日 広上淳一 札幌交響楽団 札幌コンサートホールKitara
2020年12月5日 井上道義 NHK交響楽団 NHKホール
2020年12月6日 井上道義 NHK交響楽団 NHKホール
2021年11月20日 井上道義 群馬交響楽団 高崎芸術劇場 大劇場
2022年2月13日 野平一郎 芥川也寸志メモリアル オーケストラ・ニッポニカ 紀尾井ホール
2024年7月20日 井上道義 神奈川フィルハーモニー管弦楽団 横浜みなとみらいホール
2024年8月11日 和田薫 パシフィックフィルハーモニア東京 東京芸術劇場 コンサートホール
2024年11月9日 海老原光 オーケストラ和響 ミューザ川崎シンフォニーホール
2025年10月11日 村瀨涼 オーケストラ・ポミエ フェニーチェ堺 大ホール

 

CD

 

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参考資料(随時更新)

書籍・記事

『伊福部昭の宇宙』相良侑亮 編、音楽之友社、1992年

『伊福部昭・タプカーラの彼方へ』木部与巴仁、ボイジャー、2002年

「伊福部昭さん初のオーケストラ曲―「日本狂詩曲」67年経て道内初演」 北海道新聞 (夕刊)、2002年6月3日

完本 管絃楽法』伊福部昭、音楽之友社、2008年

『伊福部昭綴る 伊福部昭 論文・随筆集』伊福部昭、ワイズ出版、2013年

伊福部昭の音楽史』木部与巴仁、春秋社、2014年

伊福部昭 ゴジラの守護神・日本作曲界の巨匠』片山杜秀 編、河出書房新社 2014年

『レコード芸術』2022年2月号

大楽必易―わたくしの伊福部昭伝―』 片山杜秀、新潮社、2024年

CD

「伊福部昭 交響作品集」 fontec、FOCD3222

「新交響楽団・伊福部昭 傘寿記念」東芝EMI、TYCY-5424/25、1995年

伊福部昭の芸術 1 譚 – 初期管弦楽」キングレコード、KICC175、1995年

日本管弦楽名曲輯」 NAXOS、8.555071J、2002年

伊福部昭の芸術 8 特別篇 頌 – 伊福部昭 卆寿を祝うバースデイ・コンサート」キングレコード、KICC469-470、2004年

「豪快な大戸島」 秘密結社不気味社、G.R.F.014、2004年

伊福部昭 吹奏楽作品集」キングレコード、KICC531、2005年

「伊福部昭「日本狂詩曲」/有馬礼子「交響曲・沖縄」」 コロムビアミュージックエンタテインメント、JXCC-1011、2006年

伊福部昭 作品集」 fontec、FOCD9531-32、2011年

伊福部昭 日本狂詩曲 交響譚詩 古代日本旋法に依る蹈歌 舞踊曲「サロメ」」 EMI X Tower Records/Excellent Collection、QIAG-50103/4、2013年

伊福部昭の管絃楽」 fontec、FOCD9638/9、2014年

伊福部昭の純音楽」 Salida、DESL-014/016、2020年

矢代秋雄:交響曲、伊福部昭:日本狂詩曲」 オクタヴィア・レコード、OVCL-00871、2025年

ウェブサイト

日本狂詩曲 / 伊福部昭」 – 邦人作曲家手稿譜等複製コレクション邦人作曲家手稿譜等複製コレクション(東京音楽大学付属図書館)

日本狂詩曲》 – 伊福部昭データベース

評論|伊福部昭―独り立てる蒼鷺|2.『日本狂詩曲』は民族性を横断する|齋藤俊夫」(Mercure des Arts)

日本狂詩曲(1935)」 – 「インチキ教授のホームページ

第8回 「キングレコードの伊福部昭作品集について」」 – 後の祭

伊福部昭音楽資料室・伊福部昭を讃える音楽記念碑」 – 北海道十勝 音更町

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