小豆島観光記 島の歴史から考える戦争と平和

こんにちは。タムラゲン (@gensan) です。

小豆島 観光 二十四の瞳映画村 木下惠介 高峰秀子 瀬戸内海 香川県

イラスト:タムラゲン Illustration by Gen Tamura

4月28日(火)、妻の希望で、小豆島へ日帰り旅行に行ってきました。

小豆島へ行くのは、2019年6月24日以来、約7年ぶりでした。

午前8時20分頃、自家用車で出発。一昨日は大雨でしたが、この日はよく晴れて暑いくらいでした。

午前10時、四国フェリーで高松港を出港。午前11時に土庄港に到着。

私たちが乗船したのは、「からかい上手の高木さん」ラッピングフェリーでした。土庄町を舞台にしたアニメですので、土庄町のタクシーにも同アニメのラッピングタクシーを何台か見かけました。

11時50分頃、二十四の瞳映画村に入場。

二十四の瞳映画村 壺井栄 木下惠介 高峰秀子 小豆島 香川県

「二十四の瞳」オフィシャルショップであるチリリン屋にて、醤油ソフトを購入。久しぶりに食べる味で、醤油の風味とソフトクリームが絶妙な組み合わせです。

FIGURE GALLERY 海洋堂では、黒澤映画の食玩や、エイリアン、ケンシロウ、シン・ゴジラ等のリアルなフィギュアが展示販売されていました。

壺井栄文学館に入館。『二十四の瞳』(1952) の壺井栄 (1899-1967) と、彼女の夫の壺井繁治 (1897-1975) と、反戦小説で知られる黒島伝治 (1898-1943) という小豆島出身の3人の作家の業績を紹介しています。

『二十四の瞳』(岩波文庫)
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「栄文学と映画」のコーナーでは、壺井栄の小説が原作の映画のポスターやスチル写真が数多く展示されています。木下惠介監督の『二十四の瞳』(1954) も含めて16もの作品が映画化されていたことを初めて知りました。

『二十四の瞳』(1954) Blu-ray
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続いて、ギャラリー松竹座映画館と2階のBook Cafe 書肆海風堂に入館。

二十四の瞳映画村 壺井栄 木下惠介 高峰秀子 小豆島 香川県

二十四の瞳映画村 壺井栄 木下惠介 高峰秀子 小豆島 香川県 瀬戸内海

汐江海岸の美しい眺め。

苗羽小学校 田浦分校 木造校舎 二十四の瞳映画村 壺井栄 木下惠介 高峰秀子 小豆島 香川県

苗羽小学校 田浦分校です。

映画村でも特に人気の木造校舎で、1987年の映画『二十四の瞳』の撮影用に建てられたオープンセットです。校内では、1954年に『二十四の瞳』を最初に映画化した木下惠介 (1912-1998) の偉業を伝える「巨匠木下惠介展」が開催中で、ポスターやスチル写真が多数展示されています。

映画村は全体的に見応えありました。

ただ一つだけ私見を述べますと、小林正樹 (1916-1996) に関する展示が皆無なのが不可解でした。

二十四の瞳映画村ですので、木下惠介を中心とした松竹映画の監督と俳優を紹介しているのは分かります。ですが、1950年代から60年代の日本映画黄金期を紹介する一環で、東宝の『七人の侍』(1954) と『ゴジラ』(1954) や大映の『悪名』(1961) 等も大々的に紹介されているのに、同時期に松竹で活躍していた小林正樹に全く言及されていないのは納得できません。ましてや小林は木下の優秀なチーフ助監督でもありましたのに。

13時過ぎ、妻の希望で、麺屋賀球へ移動しました。妻は醤油ラーメンで、私は塩ラーメンを注文。控えめな味付けでした。

14時、マルキン醤油記念館にて醤油ソフトクリームを購入。汗をかきそうな暑さでしたので、醤油を数滴たらして更に美味しくなりました。

その後、黒島伝治文学碑へ徒歩で移動しました。

黒島伝治文学碑 小豆島 香川県

『渦巻ける烏の群』(1928) 等の反戦小説で知られる黒島伝治は、肺病に罹患して小豆島に帰郷後は、特別高等警察(特高)の監視下で作品を発表できないまま44歳で他界しました。

『黒島伝治作品集』(岩波文庫)
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黒島の郷里の苗羽に建てられた文学碑からは、内海湾が見えます。

黒島伝治文学碑 小豆島 香川県 内海湾 瀬戸内海

14時半頃、小豆島八十八ヶ所の第4番である古江庵へ移動。その裏にある特殊潜航艇基地跡の塔を見に行きました。

特殊潜航艇基地跡の塔 小豆島 香川県

小豆島オリーブ園にて妻がお土産を購入しました後、15時半頃、土庄町にある若潮部隊跡地碑を見に行きました。

若潮部隊跡地碑 小豆島 香川県

若潮部隊は、若者で編成された水上特攻部隊でした。小豆島で約8000人が4ヶ月の訓練を受け、台湾やフィリピンの戦地に赴いた後、1147人が戦死したそうです。

恥ずかしながら、特殊潜航艇基地と若潮部隊のどちらも今回の観光までよく知りませんでした。今では美しい瀬戸内海に囲まれたのどかな小豆島も、戦時中には戦争に関わっていたことを石碑を見ることで実感します。

考えてみれば、小豆島出身の3人の作家も戦争に翻弄された人生でした。壺井栄の『二十四の瞳』は感動的な物語の中にも教え子の戦死などが描かれていましたし、壺井繁治は思想犯として逮捕されたことがあり、黒島伝治は反戦小説が発禁となりました。

こうした戦前・戦中の出来事は80年以上も遠い昔のように思われがちですが、今も世界では戦火が絶えず、日本の平和憲法や非核三原則も極右政権によって危機に瀕しています。

小豆島に遺された戦争の傷跡の一部を垣間見て、そうしたことを考えました。

17時頃、土庄港観光センターにてオリーブソーダを購入して一休みしました。

18時40分、四国フェリーで土庄港を出港。

この号は、ヤドンのラッピングフェリーでした。私はポケモンには詳しくないですが、「うどん県PR団」となったヤドンの人気は想像以上のようで、綾川町のヤドン公園やヤドン柄のリムジンバス等、香川県でヤドンを見ない日はないほどです。

19時40分、高松港に到着。

約7年ぶりで約7時間の小豆島観光でした。

(敬称略)

 

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