こんにちは。タムラゲン (@gensan) です。
先日、妻と一緒に鳥取県と島根県へ小旅行に行ってきました。
主な目的地は、鳥取の伊福部昭記念館と、島根の「「ばけばけ」ドラマ館」でした。
伊福部先生ゆかりの地を再訪
9月6日(日)
午前8時過ぎ、妻と一緒に自家用車で出発。
数日前に発生した台風の影響が心配でしたが、この日は曇り時々晴れでしたので安心しました。
今回も瀬戸大橋を渡った後、岡山自動車道と鳥取自動車道を通って、鳥取市に入りました。
伊福部昭記念館
13時頃、約2年ぶりに伊福部昭記念館に到着。入口の門に新しく看板がかかっていて分かりやすくなっていました。
伊福部昭記念館は、伊福部先生の生誕110年を記念して2024年7月1日に開館しました。鳥取の因幡は、伊福部家のルーツですので、地区100年以上の屋敷で先生の収蔵品の一般公開やイベントを不定期に開催しています。
2024年に私が初めて伊福部昭記念館を訪れたときの様子は拙記事をご参照ください。👉「鳥取県日帰り旅行 伊福部昭記念館を訪れました」
記念館では、伊福部先生のご長女である伊福部玲さんが、今回も快く出迎えてくださりました。
第1展示室で先ず目を引いたのは、ガラスケースに展示されていた楽譜でした。(玲さんの許可を得て、展示物の撮影と掲載をしています)
2年前に展示されていた《日本狂詩曲》と《土俗的三連画》に替わって、今回は《ヴァイオリン協奏曲第2番》の表紙と作曲途中の楽譜でした。勿論、先生の直筆です。
入口受付の隣のガラスケースには、その協奏曲の初演者であったヴァイオリニスト小林武史さん (1931-2025) と伊福部先生がやり取りした手紙も展示されていました。
作曲机には、更科源蔵さん (1904-1985) の詩集から「蒼鷺」のページが開かれていました。
私が机の上を見ていますと、玲さんが先生にまつわるお話を沢山話してくださりました。玲さんが中国旅行に行く頃に伊福部先生が最後の歌曲《蒼鷺》を作曲していたときの逸話には胸が熱くなりました。
又、話は机上に立てられていた『管絃楽法』にも及び、あのシンセサイザーで有名な冨田勲さん (1932-2016) も『管絃楽法』を熟読していたという話には驚かされました。
記念館が出来た頃に展示されていた先生ご愛用のコーヒー豆挽き機やティーポットが今回は倍近くに増えていました(笑)
サモワールや陶器製コーヒー豆焙煎機は初めて見ました。妻も興味深そうに見ていました。
第2展示の棚の上には、先生のご先祖や家族写真など貴重な写真が展示されていました。
戦後間もない頃の写真の中に、和服姿の伊福部先生という珍しい一枚がありました。玲さんによりますと、伊福部先生は私生活では和服を着ることを好んでいたそうです。奥様の反対もあって、あの有名なスーツ姿になったそうです。
そして、今年は先生の没後20年ですので、宇倍神社に伊福部家代々のご先祖と共にお墓を建ててもらうことになった経緯も玲さんが話してくださりました。
今回も沢山の貴重なお話を聞かせてくださった玲さんに改めて感謝いたします。
伊福部昭記念館は、伊福部先生の直筆楽譜や先生がご愛用していたヴァイオリンや筆記用具、蒐集されていた珍しい民族音楽の楽器など興味深い展示が満載です。
伊福部ファンや特撮ファンの方は勿論、音楽を学ぼうとする方も、是非お越しください。
住所:〒680-1425 鳥取県鳥取市河内361
開館日:月はじめの第1金曜日から月曜日までの4日間開館
休館:12月から2月(冬季積雪のため)
開館時間:10:00~16:00(入館は15:30まで)
入館料:一般 1000円
18歳以下 500円
5歳まで 無料
河内の方 無料
公式サイト:七沢工房便り
因幡万葉歴史館
15時半頃、因幡万葉歴史館に入館しました。
今回は、初めて「時の塔」に登ってみました。
最上階からは、歴史館は勿論、国府町が一望できました。
北側には稲葉山が見えます。その山道の先には伊福部先生のご先祖である伊福吉部徳足比売の墓跡があります。
西側の道路を挟んで歴史館の向かい側には、国府町コミュニティセンターがあります。
1994年10月30日、当時は国府町中央公民館であったこの場所で、伊福部先生の歌曲《因幡万葉の歌五首》が初演されました。
因幡の豪族の子孫であり国府町と縁が深い伊福部先生は、1994年に町からの委嘱で、因幡万葉歴史館開館記念の歌曲として《因幡万葉の歌五首》を作曲しました。
大伴家持が因幡に国司として赴任中に詠んだ4首と、家持の叔母であった大伴坂上郎女が因幡赴任中の家持を思い詠んだ1首の計5首を歌詞とした雅な歌です。初演時の奏者は、藍川由美さん (ソプラノ)、野坂惠子さん (二十五絃箏)、星川龍二さん (アルト・フルート) でした。
宇倍神社 先生のお墓参り
16時過ぎ、宇倍神社に参拝しました。
その後、神社の奥にある伊福部家のお墓参りに行きました。
2年前には無かったプレートがかけられていました。恐らく山道で迷わないようにするための措置かもしれません。
伊福部先生のお墓のみ削られていない自然石なのは、生前の先生のご意思であったと玲さんが話してくれたのを思い出しました。「大楽必易」と並んで「無為」を信条としていた先生らしいと思います。
先生の逝去から早くも20年が経ちました。たとえ先生がこの世にいなくても、今も先生の作品が国内外で頻繁に演奏されている事実は、伊福部音楽の生命力が不滅であることの何よりの証明です。
先生に改めて敬意を表した後、松江に向けて出発しました。
(後編に続きます)
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