クリスマス・イブに思い出す三船敏郎の命日と『醜聞』

こんにちは。タムラゲン (@GenSan_Art) です。

毎年クリスマスイブには、三船敏郎の命日と、黒澤明の映画『醜聞』を思い出します。

イラスト:タムラゲン Illustration by Gen Tamura

 

クリスマス・イブの今日 (12月24日) は、三船敏郎 (1920-1997) の命日でもあります。

三船敏郎とクリスマスで連想するのが、黒澤明の映画『醜聞』(1950)です。次回作『羅生門』(1950) と共に、今年で公開70周年を迎えました。

 

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黒澤明の『醜聞』

醜聞
Scandal
1950年4月26日 国際劇場公開
1950年4月30日 一般公開

松竹大船撮影所 製作
松竹 配給
白黒、スタンダード、105分

スタッフ

監督:黒澤明
企画:本木荘二郎
製作:小出孝
脚本:黒澤明、菊島隆三
撮影:生方敏夫
調音:大村三郎
美術:濱田辰雄
照明:加藤政雄
音楽:早坂文雄
編集:杉原よ志
現像:神田亀太郎
焼付:中村興一
特殊撮影:川上景司
装置:小林孝正
装飾:守谷節太郎
スチール:梶本一三
記録:森下英男
衣裳:鈴木文治郎
結髪:佐久間とく
床山:吉澤金五郎
演技事務:上原照久
撮影事務:手代木功
経理進行:武藤鐵太郎
進行:新井勝次
キャストオートバイ提供:機輪内燃機株式会社

キャスト

青江一郎:三船敏郎
西条美也子:山口淑子
蛭田正子:桂木洋子
すみえ:千石規子
堀:小沢栄太郎
蛭田乙吉:志村喬
朝井:日守新一
カメラマンA:三井弘次
荒井:清水一郎
美也子の母:岡村文子
裁判長:清水将夫
蛭田やす:北林谷栄
片岡博士:青山杉作
木樵の親父A:高堂國典
木樵の親父B:上田吉二郎
酔っ払いの男:左卜全
青江の友人A:殿山泰司
新聞記者:増田順二
青江の友人B:神田隆
青江の友人C:千秋實
木樵の親父C:縣秀介
宿屋の番頭A:島村俊雄
宿屋の番頭B:遠山文雄
ビルのデンスケ:小藤田正一
カメラマンB:大杉陽一
その他:谷崎純、仲摩篤美、野戸成晃、土田慶三郎、藤丘昇一、高瀬進、太田恭二、長尾寛、大澤之子、後藤泰子、秩父晴子、江間美都子、山本多美

あらすじ(ネタバレあり)

画家の青江一郎が伊豆の山で絵を描いているところに、声楽家の西條美也子が現れます。宿が同じなので、青江は美也子をオートバイの後ろに乗せて宿へ戻ります。部屋で談笑していた青江と美也子を雑誌社「アムール」のカメラマンが隠し撮りし、熱愛記事を捏造してしまいます。激怒した青江はアムール社を告訴します。売り込みに来た弁護士の蛭田に、青江は弁護を依頼します。ですが、病弱な娘を持つ金欠の蛭田は10万円の小切手で堀に買収されてしまいます。そのため、裁判中の蛭田の弁護は全く頼りなく、青江側は不利な状況が続きます。ある日、蛭田の娘が、父の良心と青江の勝利を信じながら病死します。公判の最終日、証人台に立った蛭田は、小切手を見せて自分と被告人の不正を告白します。こうして、青江側は勝訴しました。

社会派と人情噺

題名や内容から分かるように、事実を捏造してまで有名人のゴシップ記事を乱造するマスコミに対して黒澤明が激しい憤りを覚えたことが『醜聞』の制作動機となっています。

ですが、『醜聞』は、黒澤明自身も「甘すぎた」と語っていたように、社会派映画としては不完全燃焼な出来でした。映画の後半から唐突に弁護士・蛭田と娘のお涙頂戴な人情噺になり、裁判の勝敗さえ蛭田の改心が見せ場と化し、主役の筈の青江と西条は蛭田の引き立て役になったまま映画は幕を閉じます。

10年後の『悪い奴ほどよく眠る』(1960) もそうでしたが、箱書きをせず感傷に陥りやすい黒澤の弱点が特に目立つ作品となってしまいました。

若き三船と敗戦後の日本

『醜聞』は黒澤映画としては不完全燃焼な出来でしたが、物語の本筋とは関係ない細部が興味深く観れます。

何よりも先ず、三船敏郎の役が画家というのに驚かされます。三船が演じた熱血画家・青江一郎は、オートバイに乗って山を駆け抜けたり、木樵の親父を相手にウィットに富んだ会話をしたりするなど本編以上に面白いキャラクターです。

画家が主役なので、「風変わりな」山の絵を描いたり、個展を開催する場面がありますが、青江の作品は殆ど画面に映りません。劇中で青江がヴラマンクに言及する場面がありましたので、彼の絵も黒澤好みの力強い作風なのかもしれません。

又、『醜聞』は、敗戦から僅か4年後に撮られたので、当時の日本人の暮らしぶりも、今見ると非常に興味深いです。

米国に占領されていた時期なので、英語の標識も街中に見えます。

それにしても、今から70年も前に、クリスマスが既にお祝いとして日本の庶民に定着していた様子を見るのは、何だか感慨深いものがあります。

黒澤は『醜聞』の出来に不満足でしたが、今でも芸能人のゴシップ記事が粗製乱造されていることを考えると、黒澤の先見の明は色褪せていません。

クリスマスの楽しさと、有名人の醜聞の報道。

この陽と陰は、映画から70年経った今も変わっていない気がします。

 

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三船敏郎の醜聞

泥沼の離婚裁判

映画『醜聞』はハッピーエンドで終わりましたが、三船敏郎の私生活はハッピーエンドという訳にはいきませんでした。

1950年に、三船は女優・吉峰幸子と結婚。二人の息子にも恵まれ、最初の十数年間は幸福な結婚生活だったそうです。ですが、三船の度重なる女性問題と酒乱に伴う家庭内暴力が徐々に夫婦関係にひびを入れていきます。

特に、1972年から繰り返された離婚裁判は、三船が幸子を聞くに堪えない言葉で罵倒するなど泥沼化しました。三船の攻撃的な言動は週刊誌などマスコミのゴシップ記事の餌となり、国内でのイメージを著しく損ねてしまいました。結局、1976年に三船が訴訟を取り下げた後、幸子は離婚を拒否したまま二人は長らく絶縁状態になります。

1992年、愛人と別居した三船は、翌年、約21年ぶりに幸子と再会します。既に認知症を発症していた三船の世話を手伝い始めた幸子でしたが、1995年、夫より先に67歳で他界します。そして、1997年12月24日、三船も77歳でこの世を去りました。

才能か人格か

国際的な名声にも関わらず、泥沼の離婚裁判がマスコミを賑わせたためか、日本では今でも三船敏郎を女性問題絡みで否定的に語る人が少なくありません。

確かに、如何なる理由があろうと、妻に対する三船の仕打ちは許し難いことだと私も思います。俳優としての彼の魅力や日頃の気遣いを考慮しても、この問題に関しては擁護できません。

ですが、同時に、この問題ばかり論って三船の業績まで貶すことは不公平であるとも思います。

ワグナー、ドビュッシー、ピカソ、竹久夢二、山田耕筰、井上ひさし などの例を見るまでもなく、古今東西の芸術家に女性問題などの奇行は珍しくありません。歌舞伎役者の艶聞が絶えないように、俳優なら尚更です。

もし、女性問題や家庭内暴力などを問題視して三船敏郎の俳優としての業績まで否定するのなら、チャップリン、マーロン・ブランド、クラウス・キンスキー、ジョージ・C・スコット、ショーン・コネリー、勝新太郎、ライアン・オニール、シルベスター・スタローン、ジョニー・デップなどなど数え切れないほどの個性的な俳優も全否定することに等しいです。(勿論、不倫や家庭内暴力は許されないことですが)

生誕100年で高まる再評価の機運

話を三船敏郎に戻せば、離婚裁判によるイメージダウンに加えて、晩年の出演作に凡作や駄作が多かったことも痛かったです。巷では黒澤明と三船敏郎の不仲説が言われることが多いですが、両者は終生お互いに敬意を表していました。『赤ひげ』(1965) 以降、三船プロダクションの社員を養うため多くの仕事をこなさなければならくなった三船にとって、拘束期間の長い黒澤映画への出演は物理的にも経済的にも不可能になっていきました。

晩年には仕事の質も選ばなかったため、黒澤映画など敗戦後から1960年代の日本映画の全盛期に興味を持つ人でもなければ、三船が最も輝いていた時期を知らない人が多いという現状が歯がゆいです。

ですが、今年は三船敏郎の生誕100年です。放送分野では、既に日本映画専門チャンネルやWOWOWなどが三船主演の映画を特集してくれました。名画座での上映は、COVID-19の影響で特集上映が幾つか中止になってしまいましたが、広島市映像文化ライブラリーが今月から3ヶ月に渡り三船敏郎特集を開催し、新文芸坐と武蔵野館も延期されていた企画を来年元日から再開する予定です。又、国立映画アーカイブで開催され好評だった「公開70周年記念 映画『羅生門』展」が来年2月には京都でも開催される予定です。

生誕100年という節目を迎えて、三船敏郎という世界中で愛された映画スターの魅力を再確認する好機だと思います。

(敬称略)

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参考資料

『全集 黒澤明 第三巻』 黒澤明、岩波書店、1988年

『黒澤明 集成』 キネマ旬報社、1989年

『黒澤明 集成Ⅱ』 キネマ旬報社、1991年

『キネマ旬報復刻シリーズ 黒澤明コレクション』 キネマ旬報社、1997年

『三船敏郎 さいごのサムライ』 毎日新聞社、1998年

『黒澤明 音と映像』 西村雄一郎、立風書房、1998年

『クロサワさーん! ―黒澤明との素晴らしき日々―』 土屋嘉男、新潮社、1999年

蝦蟇の油 自伝のようなもの』 黒澤明、岩波書店、2001年

『黒澤明を語る人々』 黒澤明研究会 編、朝日ソノラマ、2004年

黒澤明と早坂文雄 風のように侍は』 西村雄一郎、筑摩書房、2005年

大系 黒澤明 第1巻』 黒澤明 著、浜野保樹 編、講談社、2009年

黒澤明と三船敏郎』 ステュアート・ガルブレイス4世、櫻井英里子 訳、亜紀書房、2015年

サムライ 評伝 三船敏郎』 松田美智子、文藝春秋、2015年

三船敏郎の映画史』 小林淳、アルファベータブックス、2019年

 

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