『どですかでん』公開50周年 黒澤明が極彩色で描いた荒地の理想郷

こんにちは。タムラゲン (@GenSan_Art) です。

50年前の今日 (10月31日) は、黒澤明の映画『どですかでん(1970) が公開された日です。

黒澤明 『どですかでん』 公開50周年

 

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『どですかでん』について

どですかでん
Dodes’ka-den
1970年10月31日 先行公開 (千代田劇場)
1971年1月21日 一般公開
四騎の会・東宝株式会社 製作
東宝株式会社 配給
カラー、スタンダード、140分

スタッフ

監督:黒澤明
企画:黒澤明、木下惠介、市川崑、小林正樹 (四騎の会)
製作:黒澤明、松江陽一
原作:山本周五郎『季節のない街』
脚本:黒澤明、小国英雄、橋本忍
撮影:斎藤孝雄、福沢康道
美術:村木与四郎、村木忍
録音:矢野口文雄
照明:森弘充
音楽:武満徹
編集:兼子玲子
記録:野上照代
監督助手:大森健次郎
整音:東宝ダビング
現像所:東京現像所
製作担当者:古賀祥一

キャスト

六ちゃん:頭師佳孝
おくに:菅井きん
太郎 (良さんの長男):殿山敏之
沢上良太郎:三波伸介
沢上みさお:楠侑子
島悠吉:伴淳三郎
ワイフ:丹下キヨ子
井河 (島さんの同僚):日野道夫
松井 (島さんの同僚):古山桂治
野本 (島さんの同僚):下川辰平
河口初太郎:田中邦衛
妻・良江:吉村実子
増田益夫:井川比佐志
妻・たつ:沖山秀子
綿中京太:松村達雄
妻・おたね:辻伊万里
姪・かつ子:山崎知子
岡部少年:亀谷雅彦
平さん:芥川比呂志
お蝶:奈良岡朋子
乞食の父親:三谷昇
その息子:川瀬裕之
渋皮のむけた女:根岸明美
刑事:江角英明
警官:高島稔
絵描き:加藤和夫
小料理屋の女将:荒木道子
ウェイトレス:塩沢とき
レストランの主人:桑山正一
寿司屋のおやじ:寄山弘
屋台のおやじ:三井弘次
くまん蜂の吉:ジェリー藤尾
惣さん:谷村昌彦
たんばさん:渡辺篤
老人:藤原釜足
泥棒:小島三児
くまん蜂の女房:園佳也子
水道端の内儀さん:牧よし子
水道端の内儀さん:桜井とし子
水道端の内儀さん:高原とり子
水道端の内儀さん:小野松枝
水道端の内儀さん:新村礼子
みさおに声をかける男:人見明
みさおに声をかける男:市村昌治
みさおに声をかける男:伊吹新
みさおに声をかける男:二瓶正也
みさおに声をかける男:江波多寛児

あらすじ

貧しい人達が住む郊外のある集落。六ちゃんは、自分では実在していると信じ込んでいる電車を「どですかでん」という擬音を言いながら運転しています。ブラシ職人の良太郎は、自分の妻が余所の男たちと作った子供たちを実の子供として可愛がっています。労働者の河口と増田はお互いに夫婦を交換しますが、いつの間にか元の鞘に戻っています。死人のように無口な平さんの所に、かつて不義をなした妻が訪れますが、平さんは心を開きません。乞食の父子は豪邸を建てる空想話をしますが、幼い息子は締め鯖にあたり中毒死してしまいます。紳士な島さんは顔面神経症の持病があり、傍若無人な妻を溺愛しています。飲んだくれの京太は姪をこき使った挙げ句に孕ましてしまいます。彫金師のたんばさんは人徳があり、泥棒に金を与えたり、酔って日本刀を振り回す乱暴者をおとなしくさせたりします。こうした奇妙な人生模様が繰り広げられる中、六ちゃんは「電車」を走らせ続けます。

予告篇

どですかでん

 

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苦難に満ちた5年間

『どですかでん』を語る上で避けて通れないのが、前作『赤ひげ』(1965) からの5年間です。

新作を撮れなかったこの5年もの間、黒澤明は決して無為に過ごしていた訳ではありません。新作を撮ろうと猛烈に働いていたにも関わらず無残な結果となってしまったこの期間は、黒澤にとって「空白」と呼ぶにはあまりにも過酷な時期でもありました。

東宝との契約が切れた黒澤明は、日本国内での映画作りに限界を感じ、海外(アメリカ)に活躍の場を求めます。ですが、『暴走機関車』の製作は無期延期となり、続く『トラ・トラ・トラ!』ではトラブルの末に監督を解任されてしまい、ハリウッド進出が相次いで頓挫してしまいます。そして、その挫折がその後の黒澤映画を決定的に変えてしまいます。

この5年間、特に『トラ・トラ・トラ!』問題については、次の書籍が参考になると思います。

書名 著者・編者 出版社 発行年
『黒澤明 集成Ⅲ』 キネマ旬報社 1993年
『黒澤明 天才の苦悩と創造』  野上照代・編 キネマ旬報社 2001年
『トラ・トラ・トラ!』その謎のすべて
黒澤明VS.ハリウッド
田草川弘・著 文藝春秋 2006年
『黒澤明 封印された十年』 西村雄一郎 新潮社 2007年
大系 黒澤明 第2巻 黒澤明・著
浜野保樹・編
講談社 2009年

特に出色なのは、田草川弘の『『トラ・トラ・トラ!』その謎のすべて 黒澤明VS.ハリウッド』です。

これまでは、「黒澤明の完全主義がハリウッドの合流主義に受け入れられなかった」とか「信頼していた日本側プロデューサー青柳哲郎によって黒澤明が騙された」といった説が主流でしたが、この本によると実際は更に気が滅入りそうなことの連続だったようです。

大前提として、『トラ・トラ・トラ!』の日本側監督は、20世紀フォックスの下請けとしての雇われ監督に過ぎません。ところが、黒澤は自分が総監督であり全編の編集権も持っていると思い込んでいました。この根本的な認識のズレからして既に致命的な事態になるのは確定的でした。

また、フォックスと黒澤プロの間を取り持つのが青柳哲郎のみということも事態を更に悪化させました。本来なら、英語に堪能な青柳が、日米合作の仕事の内容を黒澤に熟知させなければならないのに、契約書すら見せようとしませんでした。

契約書の件も含めて、青柳には数々の疑惑がありますが、そもそも青柳を信頼して起用したのは黒澤でした。そして、米側との交渉などを青柳に丸投げしていた黒澤が如何に映画作りに専念したい熱意があったとしても、契約書すら読まず、定められた撮影予定を消化できなければ、契約違反に問われるのは不可避でした。

ダリル・F・ザナックに、黒澤を『トラ・トラ・トラ!』の日本側の監督として推薦したのは、プロデューサーのエルモ・ウィリアムズでした。黒澤映画の大ファンであるエルモは黒澤の意見を可能な限り尊重していたにも関わらず、自分を「総監督」だと思い込んでいた黒澤は、エルモが自分の最大の理解者であるということを理解していなかったことも悲劇的な擦れ違いでした。

エルモも指摘したように、海軍経験者や実業家などの素人を山本五十六などの主要登場人物に配そうとしたことが黒澤の致命的な計算ミスとなりました。演技の素養の有無を吟味することなく自分の直感だけで選んだ素人俳優が、本番の撮影で期待していたような演技が発覚したため、黒澤は泥沼へと落ち込んでいきました。

東映京都撮影所での黒澤の数多くの「奇行」について、ここでは詳述しませんし、その是非も問いません。『『トラ・トラ・トラ!』その謎のすべて』を読むと、初の戦争映画、初の東映撮影所、初のカラー70mm、等々、初めてのことばかりの上に、自分が選んだ素人俳優が期待通りの演技が出来ないことで、黒澤が孤立して心身を病み、常軌を逸した言動をエスカレートさせていく様には胸が痛みます。同時に、そんな黒澤の無茶ぶりに振り回されたスタッフにも心底同情しますし、撮影をボイコットしたことも理解できます。

ただ、東宝時代の助監督だった森谷司郎や、四騎の会にも参加した市川崑のように、黒澤の「奇行」に同情的な映画監督もいました。東宝では黒澤の厳しい要求も忠実なスタッフの献身的な支えによって映画作りに上手く作用していましたが、それを知らない東映やフォックスのスタッフには「奇行」に見えたとしても無理はないと思います。後年、『影武者』から『まあだだよ』まで演出補佐を勤めた本多猪四郎が、晩年の黒澤にとって如何に重要な存在だったかを改めて感じます。

ついでに考えてみます。私は黒澤明に直接会ったこともありませんし、撮影現場での黒澤の様子も予告篇やメイキングなどの映像でしか見たことがありません。多くの関係者によるルポやインタビューなどを読んで判断するしかないのですが、撮影現場での黒澤の厳しい演出や激しい癇癪は、『トラ・トラ・トラ!』以前から日常茶飯事で、東映京都撮影所での「奇行」も黒澤にとっては特別なものではなかったようです。

繰り返しますが、そうした黒澤の厳しい演出姿勢の是非はここでは問いません。

勿論、一般的な常識から見れば、東映京都での黒澤の「奇行」はパワハラそのもので、異常でしかないでしょう。仮に私がスタッフだったとしても、たちまち根を上げてしまうと思います。

ですが、もし黒澤明の厳しい演出姿勢を理由に黒澤映画そのものを否定するとしたなら、溝口健二、ジョン・フォード、スタンリー・キューブリック、ジェームズ・キャメロンのように黒澤に勝るとも劣らない厳しい監督が撮った映画も否定することになります。人格に問題があっても、カラヴァッジョやドビュッシーやピカソのように、歴史に残る作品を残した芸術家は少なくありません。

作品の価値と作者の人格をどれだけ分けて判断するかは難しい問題です。それでも、理想かもしれませんが、あらゆる職場において、パワハラ・セクハラ・モラハラは根絶されるべきだと思います。

最近のアップリンクのパワハラ問題のように、優れた作品のためという免罪符で罪なき人達が搾取・虐待されるような社会は許されてはなりません。

話が大きく脱線しました。

『『トラ・トラ・トラ!』その謎のすべて』の著者・田草川弘は、貿易実務、NHK記者、AP通信記者、東海大学教授を勤めた経験のあるフリー・ジャーナリストです。実は、田草川は1966年から約2年間、黒澤明の仕事を手伝った経験があります。早稲田大学での恩師だったドナルド・リチーの紹介で黒澤と知り合った田草川は、主に『暴走機関車』や『トラ・トラ・トラ!』の脚本の翻訳に尽力しました。この時代の黒澤の仕事を身近に見ていたことに加えて、米国側の貴重な資料の発見や、エルモ・ウィリアムズを含む関係者への取材によって得られた事実で構成された『『トラ・トラ・トラ!』その謎のすべて』は、その濃密な内容で、多数ある黒澤関連本の中でも最上位のクオリティです。

それにしても、田草川が「あとがき」に記したように、黒澤明が執筆した『虎 虎 虎』の脚本や絵コンテ、契約書などの書類が黒澤プロに全く残されていなかった事実には私も愕然としました。結果的に田草川はアメリカの図書館等で貴重な資料を発見することが出来ましたが、敗戦後に日本軍が都合の悪い書類を大量に焼却して、現在でも公文書が破棄・隠蔽・改竄されることが多いことを考えると、資料の保存と情報の公開という点でも、日本はアメリカに大きく後れを取ったままだということを痛感します。

 

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5年ぶりの新作は初のカラー映画

前置きが長くなってしましましたが、黒澤明にとって苦渋に満ちたこの5年間を知ることなしには、5年ぶりに完成させた初のカラー映画『どですかでん』が『赤ひげ』以前の白黒映画時代とは大きく作風が異なることの説明がつかないと思います。

『トラ・トラ・トラ!』を解任された後、1969年夏に、黒澤は、木下惠介、市川崑、小林正樹と共に「四騎の会」を結成します。日本映画を代表する巨匠4人が組んで映画を撮るための団体です。手始めに、山本周五郎の『町奉行日記』を原作とした『どら平太』の脚本を4人が共同で執筆することになりましたが、個性の強い監督が結集しても船頭が多すぎたためか難航しました。

続いて黒澤は、山本周五郎原作の『季節のない街』の各々のエピソードを4人で撮る案を持ちかけますが、木下と市川の反対にあい、結局、黒澤が一人で撮ることになりました。こうして黒澤初のカラー映画『どですかでん』が誕生することになりました。

『トラ・トラ・トラ!』事件の悪評を払拭するかのように、黒澤は『どですかでん』を撮っているときの自分の写真はいつも笑顔で怒ったことがないことをアピールしていました。もっとも、助監督の撮影日誌抄によると、撮影初日から雷が落ちるなど、いつもと変わらない巨匠のようでしたが…(汗)

ともあれ、『どですかでん』は、当初の予定より短い撮影実数28日という黒澤映画としては驚異的な短期間で撮られました。

『赤ひげ』以来5年ぶりに、黒澤が再起をかけて完成させた初のカラー映画『どですかでん』でしたが、興行的に失敗してしまいました。

翌1971年12月22日、黒澤は自殺を図ります。幸い未遂に終わりましたが、凋落の一途を辿る日本映画界と共に、黒澤にとっても最も苦しかった時期に違いありません。

ですが、旧ソ連で映画を撮るという企画が実現し、酷寒の地で撮った『デルス・ウザーラ』(1975) によって黒澤は見事に復活します。その後も、「世界のクロサワ」は、海外からの援助によって完成させた『影武者』(1980) と『乱』(1985) によって国際的な大成功を収めたのは有名な話です。

 

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原作との類似と相違点

山本周五郎の『季節のない街』は、1962年4月1日から10月1日まで朝日新聞に連載されました。

この小説は、次の15の短編で構成されています。太字は、映画で採用された話です。

街へゆく電車
僕のワイフ
「半助と猫」
「親おもい」
牧歌調
プールのある家
「箱入り女房」
枯れた木
「ビスマルクいわく」
とうちゃん
がんもどき
「ちょろ」
「肇くんと光子」
「倹約について」
たんばさん

小国英雄と橋本忍と共に脚本を執筆した黒澤明は、原作から8つのエピソードを選び、映画の冒頭と結末に登場する六ちゃんを狂言回し的に配置して、それぞれの話を巧みにシャッフルしました。

山本周五郎は、日課の散歩道にあった横浜市の八幡町から中村町一帯を「街」のモデルとしたそうですが、小説で描いた世界は「時限もなく地理的限定もない」と断り、日本のどこにでもある普遍的な場所としていました。

『季節のない街』の住民は長屋に住んでいますが、『どですかでん』では、ロケ地である江戸川区堀江町の埋立地に生えていた草木を全て排除して、まるで違う惑星の世界であるかのような雰囲気すら感じさせる無国籍なスラム街を創造しています。

セットなど視覚的な要素が極彩色になった以外は、映画の各エピソードの内容は原作にかなり忠実です。同時に、原作に忠実だからこそ、さりげなく黒澤の創作も透けて見える部分があります。

誰もが感じるように、『どですかでん』は、前作『赤ひげ』の新出去定(三船敏郎)のような絶対的な存在が不在で、善悪を強引に決め付ける要素が希薄です。それでも、原作では最後に少しだけ登場する岡部少年を序盤から数回に渡って かつ子に会い、怠惰な京太に対して憤っていました。

他にも、原作の かつ子の薄情な実母の下りが丸ごと削られていたり、中毒死した息子に対して原作の父親は無反応でしたが、映画では激しく動揺して精神が崩壊します。「僕のワイフ」と「とうちゃん」も同じ結末でありながら、原作の方が苦い後味です。

そうした細かい違いはありますが、同じ山本周五郎の原作『赤ひげ診療譚』を映画化した『赤ひげ』の原作との違いを比較することで、更に黒澤の作風の変貌が際立つと思います。

黒澤明の『赤ひげ』は全てが丸く収まりますが、山本周五郎の原作では、おとよ と長次は別々の話に登場して接点が無く、どちらも映画とは異なる苦い結末を迎えます。

人生必ずしも全てがうまくいく訳ではないですし、原作の方が確かにリアルかもしれませんが、子供達を不幸な境遇から救う理想を描いた映画独自の展開も捨てがたいです。

『赤ひげ』との対比で忘れられないのが、鯖に当たった少年が絶命した直後、翌朝の楽しげな井戸端会議の場面に切り替わる箇所です。『赤ひげ』と同じ監督の映画とは思えないこの突き放した編集と音楽の演出は、海外進出の失敗や『トラ・トラ・トラ!』事件での人間不信の5年間が、黒澤明の何かを変えてしまったことを象徴しているような気がします。

 

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極彩色の下に隠された心の闇

『どですかでん』は、黒澤明の映画の中では地味な小品ですが、何故か忘れられない映画です。

確かに、全盛期の黒澤映画のような娯楽作ではありませんが、不定期的にフッと見たくなる不思議な魅力があります。強烈な極彩色と優しい音楽とは対照的に、全体を覆う寂寞とした雰囲気が魅力的です。

『どですかでん』について、黒澤は次のように語っています。

「脚本を読んだかぎりでは、非常で残酷なようなもののように思われますが、これを煮つめ、突きつめていって、そのような残酷さ、非情さをのりこえた人間の尊さ、哀しさ、美しさ、面白さを出していきたいと思っているんです」(『キネマ旬報』1970年5月下旬号)

「色々な個性を持った人物群が登場しますが、こういう様々な性格は私の中にもあるし、観客の皆さんの心にもすこしずつあるのではないかと思います。ただ原作は、暗く陰鬱な印象が強いと感じましたので、その面だけが強調されないようにカラーにしました。活字では耐えられるものも、映像では耐えられないものです。『赤ひげ』にような重苦しさがないという反響もそのためなのでしょう」(『週刊現代』1970年11月5日号)

確かに、前作『赤ひげ』から作風が大きく変わったことは、誰が見ても一目瞭然です。

ですが、黒澤が語っていたように「残酷さ、非情さをのりこえた人間の尊さ、哀しさ、美しさ、面白さ」は出ているのでしょうか。「僕のワイフ」「牧歌調」「とうちゃん」は可笑しさが強調されていますが、「プールのある家」「枯れた木」「がんもどき」は原作より辛辣度を少し薄められているものの、やはり救いが無い話であることに変わりはありません。

それでも過度に陰惨な感じがしないのは、明るい色彩に加えて、『赤ひげ』のように人間や価値観の善悪がはっきりと二分化されず、人間の弱さや可笑しさが飾らずに描かれているからかもしれません。それこそが、予告篇が言う「悲しく、いじらしく、惨たらしく、そして可笑しい人間のうた」なのでしょう。そして、その一見あたたかく見える視点は、逆に言えば『赤ひげ』のように不正や不幸と闘って正そうとする意志の放棄でもあり、後述するように現実から空想の世界への逃避に等しいです。

ある意味、そうした無意識の世界を覗き込むような奇妙な魅力が『どですかでん』にあるのだと思います。

初めて絵の具を手にした子供が遊ぶような『どですかでん』の強烈な色彩は勿論目を引きますが、曇り空やブロック塀の灰色も同じくらい印象的です。その寂寞感を強調するかのように台詞も音楽も無い静寂が続く間。その空間に無性に浸りたくなる感覚は、言葉では上手く表現できない不思議なものです。

 

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極上の演技陣

白黒映画時代の黒澤明は、主要な登場人物を演じる俳優を想定して脚本を執筆していました。カラー映画になって以降は、『影武者』で主役を演じる予定だった勝新太郎などを除けば、執筆時に俳優を想定することはあまり無かったようです。

このことから「黒澤のカラー映画は白黒映画より演技の質が低下した」と批判されることがあります。果たしてそうでしょうか。

「『デルス・ウザーラ』は三船敏郎、『影武者』は勝新太郎、『乱』の鉄は高倉健の方が良かった」という意見は今も度々見かけます。ですが、シベリアの密林で長年自然と共に生きてきたゴリド人猟師の役はトゥバ出身のマキシム・ムンズク以外には考えられませんし、武田信玄の高潔さと盗人の悲哀を仲代達矢は好演していましたし、機知に富み豪放な武士・鉄修理は井川比佐志で適役だったと思います。

そして、黒澤がオーディションで決定した『どですかでん』の出演者は、主役から端役に至るまで、脚本執筆前からイメージしていたのではと思うほど役にピッタリの人ばかりでした。『赤ひげ』で長次を演じた頭師佳孝をはじめ、菅井きん、田中邦衛、根岸明美、渡辺篤、藤原釜足のように白黒時代の黒澤映画ゆかりの俳優に加えて、黒澤映画初主演の井川比佐志、三波伸介、松村達雄、芥川比呂志、奈良岡朋子たちも好演でした。

特撮ファンとしては、「プールのある家」で乞食の父子を演じた三谷昇と川瀬裕之に注目してしまいます。御存知のように、この映画の後、三谷は『ウルトラマンタロウ』(1974) で二谷一美副隊長を演じ、川瀬裕之は『ゴジラ対ヘドラ』(1971) と『ゴジラ対メガロ』(1973) に出演しました。

映画、演劇、テレビから黒澤が自ら選抜した逸材揃いの『どですかでん』は、白黒時代の黒澤映画にも引けを取らないほどに演技陣のアンサンブルが充実しています。

 

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牧歌的な音楽と寂寞とした静寂

『どですかでん』は、武満徹による音楽も素晴らしいです。

当初は、武満も『トラ・トラ・トラ!』に参加する予定でしたが、黒澤の解任後、彼も『トラ・トラ・トラ!』から離れました。結果的に『どですかでん』で黒澤映画に初参加することになりましたが、黒澤と武満の作業は問題なくスムーズにいったそうです。(もっとも、後に『乱』で、二人は決裂寸前に至るまで激しく衝突するのですが…)

武満徹は、現代音楽の世界で国際的に著名な作曲家であると同時に、映画音楽の世界でも傑出した表現者でした。小林正樹の『切腹』(1962) や『怪談』(1964) で大胆に取り入れた邦楽、勅使河原宏の『砂の女』(1964) や『他人の顔』(1966) の前衛的表現、成島東一郎の『青幻記』(1973) や、篠田正浩の『はなれ瞽女おりん』(1977) の抒情あふれる美しさ。

個人的に、武満徹の音楽は、純音楽よりも映画音楽の方が断然良いと思います。

その武満の映画音楽の特徴の一つは、無駄な音楽を極限まで削り取っていくことです。小林正樹の『東京裁判』(1983) が4時間以上の長尺でありながら、音楽は合計して10分以下の少なさでした。裁判中は一切音楽を流さず、戦争被害者の場面のみに流した曲は最大限の効果を上げていました。

同様に、『どですかでん』も、140分という上映時間内に音楽は合計約16分と劇映画としては比較的少ないです。タイトルや、六ちゃんの「電車」で流れる牧歌的な曲や、乞食父子の空想を彩る幻想的な曲などの他は、一切余計な音楽を付けないことによって、他の場面の寂寞とした雰囲気がより際立っていました。

先日『どですかでん』をDVDで再見して、別のことも頭に浮かびました。その他の映画やテレビに私が不快に感じていた点が明らかになったような気がしたからです。特にテレビは視聴者にチャンネルを変えられたくないためか、常に音楽を流したり出演者に大声で喋らせたりしています。視聴覚的に邪魔されない映画館と、日常生活に囲まれたテレビでは、音の演出が異なるのかもしれませんが。

 

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空想の理想郷への渇望

私事ですが、『どですかでん』にまつわる個人的な思い出を幾つか綴ってみます。

2004年頃のことです。某特撮関連のイベントで、ある特撮関連ファンと話していた際、東宝特撮映画のDVDの話題が出たので、黒澤映画のDVDも購入するかどうか聞くと、「『どですかでん』を特撮映画みたいに何度も見たいと思いますか?」と言われたことがあります。

まぁ、確かに、同じ黒澤映画でも『用心棒』や『椿三十郎』のように気軽に何度も見るタイプの映画ではありませんが、再見する気が無くなるタイプの映画でもありません。少なくとも私にとっては。

公開当時は興行的に失敗したせいか、黒澤映画の「黒歴史」などと呼ぶ人もいるようですが、その特異性ゆえに『どですかでん』にはコアなファンが少なくありません。

映画監督では、園子温ダルデンヌ兄弟(ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ)も、好きな映画の10本の一作に『どですかでん』を選んでいます。宮藤官九郎秋山豊は、一番好きな黒澤映画が『どですかでん』だと語っていますし、佐藤佐吉も好きな黒澤映画3本の一作に挙げています。

その他にも、リリー・フランキー竹熊健太郎とみさわ昭仁深緑野分も、『どですかでん』を黒澤映画のベストと語っていますし、大高宏雄岡部えつ外園昌也も好きな黒澤映画の一本に挙げています。

私の外国人の友人・知人にも、『どですかでん』が好きという人は結構いました。アメリカ人の知人には、六ちゃんの「どですかでん」という擬音を真似する人が何人かいました。又、マレーシア人の友人は、他の黒澤映画には大して興味を示しませんでしたが、『どですかでん』や『夢』の独創的な映像を非常に気に入っていました。

彼らが『どですかでん』の何処に惹かれたのかは各々異なると思います。

これは私の想像ですが、『用心棒』や『赤ひげ』のように絶対的な主人公が悪を退治する時代劇や、『生きる』や『蜘蛛巣城』のように深刻な芸術作品とも異なり、世俗のしがらみから離れた自由な人々のコミュニティを軽やかなタッチで描いた『どですかでん』に、他の黒澤映画には無い魅力を感じたのかもしれません。

ですが、先述したように、自由に見えるその世界は、現実と対峙して不正を正そうとする意志の放棄でもあり、「プールのある家」の父子のように現実逃避した空想の世界に等しいです。そして、現実と闘うことと同様に現実から逃避した生き方も容易ではないことを私たちは知っているからこそ、この自由な世界に無意識に惹かれるのかもしれません。

(敬称略)

 

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参考資料

書籍

『山本周五郎全集 第十四巻 青べか物語・季節のない街』 山本周五郎、新潮社、1981年

巨匠のメチエ 黒澤明とスタッフたち』 西村雄一郎、フィルムアート社、1987年

『全集 黒澤明 第六巻』 黒澤明、岩波書店、1988年

『黒澤明 集成』 キネマ旬報社、1989年

『黒澤明 集成Ⅱ』 キネマ旬報社、1991年

『黒澤明 集成Ⅲ』 キネマ旬報社、1993年

『黒澤明 音と映像』 西村雄一郎、立風書房、1998年

蝦蟇の油 自伝のようなもの』 黒澤明、岩波書店、2001年

『黒澤明 天才の苦悩と創造』 野上照代 編、キネマ旬報社、2001年

『黒澤明を語る人々』 黒澤明研究会 編、朝日ソノラマ、2004年

『トラ・トラ・トラ!』その謎のすべて 黒澤明VS.ハリウッド』 田草川弘、文藝春秋、2006年

『黒澤明 封印された十年』 西村雄一郎、新潮社、2007年

大系 黒澤明 第2巻』 黒澤明 著、浜野保樹 編、講談社、2009年

生誕100年総特集 黒澤明〈増補新版〉』 西口徹 編、河出書房新社、2010年

もう一度 天気待ち 監督・黒澤明とともに』 野上照代、草思社、2014年

映画監督 小林正樹』小笠原清、梶山弘子 編、岩波書店、2016年

CD、DVD

CD『どですかでん』 武満徹、東宝ミュージック、AK-0010、2002年

DVD『どですかでん』 東宝株式会社 映像事業部、2002年

DVD『黒澤明 創造の軌跡 黒澤明 “THE MASTERWORKS” 補完映像集』 東宝株式会社 映像事業部、2003年

ウェブサイト、ブログ

黒澤明、今だから話そう 『トラ・トラ・トラ!』監督解任前後のこと 田草川弘×野上照代」 – 文藝春秋BOOKS、2006年5月20日

どですかでん 季節のない街 山本周五郎の散歩道を行く」 – 腹八分目 ~横浜B級食べ歩き~ (2008年11月15日)

宮藤官九郎インタビュー 黒澤明の“パンクな”魅力を語る」- Woman Excite (2010年7月2日)

Votes for DODES’KA-DEN (1970)“, British Film Institute

The Dardenne Brothers’10 Favorite Films“, by Nick Newman, The Film Stage, October 19, 2015

 

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