『蜘蛛巣城』4Kデジタルリマスター版 (午前十時の映画祭)

こんにちは。タムラゲン (@GenSan_Art) です。

『蜘蛛巣城』 1957年 監督:黒澤明 原作:シェイクスピア『マクベス』 主演:三船敏郎、山田五十鈴 | Throne of Blood (1957) Directed by Akira Kurosawa | Based on Macbeth by Shakespeare | Starring Toshiro Mifune and Isuzu Yamada | イラスト:タムラゲン Illustration by Gen Tamura

イラスト:タムラゲン Illustration by Gen Tamura

今日は、イオンシネマ宇多津にて、黒澤明の映画『蜘蛛巣城(1957) を鑑賞しました。「午前十時の映画祭12」の企画です。

 

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『蜘蛛巣城』について

蜘蛛巣城
Throne of Blood
1957年1月15日 公開
東宝株式会社 製作・配給
白黒、スタンダード、110分

スタッフ

監督:黒澤明
製作:黒澤明、本木荘二郎
脚本:小国英雄、橋本忍、菊島隆三、黒澤明
撮影:中井朝一
美術:村木与四郎
録音:矢野口文雄
照明:岸田九一郎
美術監修:江崎孝坪
音楽:佐藤勝
監督助手:野長瀬三摩地
特殊技術:東宝技術部
製作担当者:根津博
流鏑馬指導:金子家教 (大日本弓馬会範士)、遠藤茂 (大日本弓馬会教士)

キャスト

鷲津武時:三船敏郎
浅茅:山田五十鈴
小田倉則保:志村喬
三木義照:久保明
都築国丸:太刀川洋一
三木義明:千秋実
都築国春:佐々木孝丸
鷲津の郎党A:清水元
武将A:高堂国典
鷲津の親兵A:上田吉二郎
老女:三好栄子
物の怪の妖婆:浪花千栄子
武将B:富田仲次郎
鷲津の郎党B:藤木悠
鷲津の親兵B:堺左千夫
鷲津の郎党C:大友伸
鷲津の郎党D:土屋嘉男
武将C:稲葉義男
三木の郎党A:笈川武夫
鷲津の親兵C:谷晃
鷲津の親兵D:沢村いき雄
鷲津の郎党E:佐田豊
三木の郎党B:恩田清二郎
武将D:高木新平
武将E:増田正雄
鷲津の郎党F:浅野光雄
都築の使武者A:井上昭文
都築の使武者B:小池朝雄
都築警護の武士A:加藤武
都築警護の武士B:高木均
都築警護の武士C:樋口廸也
鷲津の親兵E:大村千吉
都築の使武者C:櫻井巨郎
武将F:土屋詩朗
武将G:松下猛夫
武将H:大友純
都築の使武者D:坪野鎌之
先ぶれの武者:大橋史典
幻の武者A:木村功(特別出演)
幻の武者B:宮口精二(特別出演)
幻の武者C:中村伸郎(特別出演)

あらすじ

戦国時代の武将・鷲津武時と三木義明は、謀反を起こした北の館の主・藤巻を制圧します。二人は主君・都築国春が待つ蜘蛛巣城へ駆けていく途中、蜘蛛手の森で妖婆に出会います。彼女は、武時が北の館の主となり、その後は蜘蛛巣城の城主になることを、義明は一の砦の大将となった後、彼の息子が蜘蛛巣城の城主になるという予言を残して姿を消します。そしてその予言通り、帰城した二人に対して、国春は北の館を武時に、一の砦を義明に与えるのです。

後日、武時が主となった北の舘に国春が訪れます。妻・浅茅に炊き付けられた武時は、就寝中の国春を暗殺します。その濡れ衣を国春の家臣・小田倉則安と国春の息子・国丸に被せて追撃する武時でしたが、二人は領外へ逃れます。

蜘蛛巣城の城主となった武時は自分に息子がいないため、義明の息子・義照を次の城主にしようとします。ですが、浅茅の懐妊を知った武時は義明親子を暗殺しようとしますが、義照は逃していまします。

その後、浅茅は流産します。更に、国丸、則安、義照と共に乾の軍勢が侵攻してきます。武時は再び妖婆に会いに行き、蜘蛛手の森が攻めてこない限り自分は敗れることはないという予言を得ます。武時はその予言を城内の全員に語り、士気を高めます。翌朝、浅茅は正気を失います。更に、蜘蛛手の森が押し寄せてくる光景に動揺した将兵は、武時を無数の矢で討ち取ります。

 

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個人的鑑賞記

VHS、LD、Blu-ray

私が初めて『蜘蛛巣城』を鑑賞したのは、1991年5月28日、北米でレンタルしたビデオ (VHS) でした。ただ、このビデオはかなり初期のソフトだったので、画質と音声はかなりお粗末でした。又、収録されていたのは米国での初公開時のフィルムだったらしく、オープニングのタイトル映像が劇中の蜘蛛手の森の静止画で、英語のタイトル、スタッフとキャスト名が下から上にスクロールしていました。

1994年頃には、同じく米国でクライテリオン・コレクションのレーザーディスク (CAV) を購入しました。流石のクライテリオンで、このLDでは、オープニングもオリジナルの日本語版で収録されていて、画質と音声も格段に向上していました。

2014年に発売されたクライテリオン・コレクションのBlu-rayは、予想通りの高画質でした。蜘蛛巣城の霧や蜘蛛手の森の幽玄な美しさが見事に再現されていました。館や城の壁板・床板の木目など細部に至るまで鮮明な映像です。音質も幾分向上したように聞こえました。

又、英語字幕も、ドナルド・リチーによる旧字幕とリンダ・ホーグランドによる新字幕の両方を選択できるという贅沢な仕様です。リチー版に比べて、ホーグランドが新たに訳した字幕は、日本語の台詞により忠実な翻訳だと思います。

午前十時の映画祭12

「午前十時の映画祭」の上映作品は、グループAの劇場では4Kデジタルリマスター版での上映ですが、香川県のイオンシネマ宇多津では2Kでの上映です。因みに、上映開始は午前9時20分からでした。

2Kとは言え、素人目には4Kと遜色ない鮮明な映像でした。手作業で丁寧にフィルム傷を除去したので、クライテリオン盤Blu-rayをも凌ぐほどの高画質だったと思います。間違いなく、これまでで最高画質の『蜘蛛巣城』です。

それと、今回のデジタルリマスター版でもう一つ気になっていたのは音声です。

台詞が聴き取りにくいことで有名な黒澤映画の中でも『蜘蛛巣城』は特に台詞が聴き取りにくいことで批判の的になることが多いからです。

今では聞きなれない昔の言葉遣いや、三船敏郎の不明瞭な滑舌も原因ではありますが、録音部のマイクロフォンの真空管が十分に温まらない内に撮影を強行してしまう黒澤の悪癖が最大の原因だったそうです。

俳優の演技の調子を優先する黒澤の気持ちも分からないではないですが、その結果、台詞が聴き取りにくくなったのでは折角の名演も損なわれてしまい本末転倒です。黒澤映画は映像は勿論、音響や音楽も絶品ですが、台詞の聴き取りにくさに関しては私も擁護できません。(その意味では、DVD以降のメディアでしたら日本語字幕を表示できますので、VHS以前に比べてかなり鑑賞しやすくなったと思います)

余談ですが、光学録音のことを知らなかったインタビュアーに激怒した黒澤明が「これでも読んで勉強したまえ!」と叩きつけたという映画録音の本を探しているのですが、その本の題名と著者名が思い出せません。その本の著者である録音技師が書いた別の本の中で、そのエピソードを紹介して、黒澤映画の録音の問題点も指摘していたと記憶しています。

今回のデジタルリマスターされた『蜘蛛巣城』は音声も格段に鮮明になっていましたが、やはり冒頭の伝令の台詞などは聴き取りにくいままでした。ですが、これは前述したように当時の録音設備の限界と怒鳴るような発声で元々の音源が不鮮明でしたので止むを得ないです。むしろ、よくぞここまで音質を向上させてくれたと感動しました。浅茅が歩くときの裾の衣擦れの音はずっと鮮明になりましたし、武時に刺された刺客が苦悶してのたうち回る床に滴る流血の音も生々しく聞こえます。今回も映画祭スタッフの方々は最高の仕事をしたと思います。

この動画で映画祭スタッフが語るところによりますと、東宝特撮の美術監督・渡辺明の日記には『蜘蛛巣城』の森が動く場面の特撮には円谷英二も関わっていたことが記されていたことが最近になって発見されたそうです。東宝の二大巨頭であった黒澤明と円谷英二が関わった唯一の映画として『蜘蛛巣城』は特撮ファンも必見の作品です。

午前十時の映画祭の『蜘蛛巣城』4Kデジタルリマスター版は、グループB劇場で2022年12月15日(木)まで上映中です。上映開始時間は必ずしも午前10時とは限りませんので、各映画館の情報をご確認ください。

午前十時の映画祭12 デジタルで甦る永遠の名作
午前十時の映画祭12 デジタルで甦る永遠の名作

 

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能とシェイクスピア

戯曲と映画

先ず重要な前提として、『蜘蛛巣城』は『マクベス』を原案にしていますが、黒澤明はシェイクスピア戯曲の日本版を作ろうとした訳ではありません。

『マクベス』を「その器でない武将が欲や迷いから、野望をもった時の悲劇」として自分流に解釈したと黒澤がプレスシートで語ったように、シェイクスピア映画である以上に黒澤映画であるのです。同様に、『リア王』を翻案した『乱』も、黒澤は戯曲とは別の独立した映画として見てほしいと語っていました。

そうした前提を踏まえつつも、数ある『マクベス』の映画版の中でも『蜘蛛巣城』は最良の一本です。シェイクスピア映画の良作であると同時に、『蜘蛛巣城』は文学作品の映画化の最も成功した一作でもあります。

『蜘蛛巣城』が他の映画版『マクベス』の中で、抜きん出ている特徴は、その自由な脚色です。

英語圏の映画は、シェイクスピアの詩的な台詞を言語で堪能できることが最大の利点であると同時に足枷にもなります。

オーソン・ウェルズやロマン・ポランスキーが映画化した『マクベス』でも感じましたが、舞台上では物語の背景や登場人物の心情を雄弁に語れる台詞も、映画の中では不自然な長話に見えて(聞こえて)しまうことが少なくありません。

それもその筈で、シェイクスピアが活躍していた16世紀から17世紀頃の演劇は、半野外の舞台で大道具やメイクも殆どありませんでしたので、観客は劇を「見る」というよりは台詞や詩を「聞く」という感じでした。そうした当時の視覚的に簡素な舞台を補完する要素も強かった大量の台詞を現代のリアルな舞台の中で発することが不自然に感じられるのは当然かもしれません。

これに対して、黒澤明の場合は、英語圏から遠く離れた日本語の文化圏で映画化することにより、単なる戯曲の再現ではなく映像表現を主体とした作品を生み出すことが可能でした。

この点は海外の評論家や映画関係者からも同様の指摘をしていて、サタジット・レイも次のように書いています。

「「マクベス」の改作物[「蜘蛛巣城」]で、黒澤は、アクションという詩のために文字どおりの詩を捨て去ってしまう。おそらく彼にこれができたのは、彼が英語というものを知り尽くしていなかったおかげで、シェイクスピアの詩がもつ呪縛から逃れることができたからであろう。なぜなら、その呪縛は、シェイクスピアを英語で映画化することを一切禁じるか、詩人[シェイクスピア]と、映画という伝達手段の要求のいずれにも忠実であろうとする虚しい試みをするくだらぬ映画版を生み出すかのいずれかであったからだ。」
―『わが映画インドに始まる 世界シネマへの旅』

スティーブン・スピルバーグも、黒澤のことを “the pictorial Shakespeare of our time” (現代の絵画的シェイクスピア) と称賛していました。

一方、日本の批評家からは黒澤映画の力強い映像美の魅力は中々評価されませんでした。

晩年の黒澤が撮った『影武者』や『乱』も、日本では白黒時代の作品と比較されて「ヒューマニズムが影をひそめた」だの「ペシミスティック」だのと批判されました。確かに『影武者』も『乱』も悲劇ではありますが、主人公の健闘を称え、その死を悼む視点で撮られていましたし、適度なユーモアさえもありました。

それに対して『蜘蛛巣城』とその前後に撮られた『生きものの記録』と『どん底』には殆ど全くユーモアが無く、全編を通して登場人物を突き放したかのような冷たい視点が貫かれています。改めてこの三作と比較すれば『影武者』と『乱』の方が遥かに娯楽性とヒューマニズムに満ちた作品であると分かる筈です。(この点は、日本映画の専門家マイケル・ジェックも『蜘蛛巣城』のクライテリオン盤Blu-rayのオーディオ・コメンタリーで指摘していました)

黒澤映画の特徴でもあるヒューマニズムは時として感傷的になりすぎることもあります。その意味では、黒澤明の弱点ともなりえるヒューマニズムな要素が皆無な『蜘蛛巣城』は、黒澤が白黒時代に撮った映像美の極北とも言えます。

幻想と真実

もう一つ、黒澤が『マクベス』の翻案に成功した要因は、原作と日本の戦国時代の歴史的背景の類似点です。

シェイクスピアが1606年頃に書いた『マクベス』は、実在のスコットランド王マクベスなどをモデルにしていています。王を殺害して王位を奪うことが頻発していた中世のスコットランドは、下剋上に満ちていた戦国時代の日本と瓜二つとも言えます。

『蜘蛛巣城』で特筆すべきは、そうした共通点をも超えて「幻想と真実」という更に普遍的なテーマへと踏み込んでいることです。

その一例が、魔女の有名な予言の一つ「女から産まれた者はマクベスを倒すことが出来ない」が省略されたことにより、必然的にマクダフ(『蜘蛛巣城』では志村喬扮する小田倉則保)との一騎打ちが無くなったことです。これに代わって武時が味方から無数の矢で討たれるという凄惨な結末を創作したことによって『蜘蛛巣城』は、原作を超えた独自性を獲得しました。

原作では、バーナムの森が動き出した後、マクベスはマクダフとの一騎打ちに臨みますが、相手が帝王切開で産まれたことを知って戦意を喪失して敗れます。

これに対して武時は、蜘蛛手の森が動かない限り自分は敗れないという予言を妖婆から聞き、それを城内の将兵にも伝えて自陣の士気を一時的に高めます。ですが、迷信で得た自信は迷信によって脆くも崩れ去ります。

マクダフの復讐によるカタルシスではなく、妄執が自らの身を滅ぼす恐ろしさを『蜘蛛巣城』は見せ付けます。私が個人的に評価する『蜘蛛巣城』の独自性は、無数の矢よりも、動き出した森の正体をラストまで見せなかったことです。

城に迫りくる森を見て武時と将兵が動揺する場面では、森の正体を知らされないので、観客も彼等と同じように予言が現実のものとなってしまったのではという不安定な状況に置かれます。ですが、武時が討たれた後、敵軍が森の木や枝を纏っていたことが明かされます。蜘蛛巣城の黒構え(外からは城内は見えないよう土居を高くした構え)を知り尽くしていた小田倉則保が城からの矢に射られないよう木や枝を盾にするよう自軍に指示していたのです。

則保の極めて合理的な戦術は、迷信に駆られた武時とは好対照であり、刃を交えることなく仇敵を自滅へと追い詰めたのです。

自らの思考・判断を放棄して予言を妄信してしまう人間の弱さと愚かさ。そして、一度極悪非道の道に入った者は次々と悪事に手を染めていき滅んでいく修羅の道。

そうした人間の悲劇を、黒澤明は感情移入することなく、ひたすら引いた位置から冷徹に突き放して描いていきます。クローズアップを極力排して登場人物の全身像を映す客観的な構図は、黒澤が心酔する能楽の様式美と見事に融合しています。この点は『乱』で鶴丸を演じた野村萬斎も『蜘蛛巣城』の原理的性格が能の「序破急」的なものであることを指摘しています。(因みに、野村萬斎も自ら『マクベス』を演出・主演していました)

こうした自由な解釈にも関わらず、いや、それだからこそ『蜘蛛巣城』は、単なる西洋戯曲の焼き直しなどではなく、日本独自の映画的表現でシェイクスピアの本質の映像化するという離れ業を成し得たのです。

キリスト教的な要素の有無など問題ではありません。そうした宗教的要素が無くても、黒澤は『白痴』や『乱』と同様に『蜘蛛巣城』でも海外文学の換骨奪胎に成功していました。

国内外への影響

『蜘蛛巣城』は、ローレンス・オリヴィエから賞賛されるなど、シェイクスピアの本場イギリスを含めた西洋の映画人や映画評論家からも『マクベス』の最高の映画化として絶賛されることが多いです。

T.S.エリオットも、お気に入りの映画に『蜘蛛巣城』を挙げていたほどです。 (“Akira Kurosawa: Throne of Blood.” The Guardian, March 4, 1999)

更に、2010年には、何とアメリカで舞台化までされています。

Throne of Blood
Throne of Blood is the first stage adaptation of legendary Japanese director Akira Kurosawa’s 1957 film, which was a landmark adaptation of Shakespeare's M…

英国人の戯曲を翻案した日本人の映画を、中国系アメリカ人が舞台化するとは面白い巡り合わせです。

かつて西部劇に影響を受けた黒澤が撮った『七人の侍』や『用心棒』がアメリカやイタリアで西部劇として再映画化されたような国際的な展開です。

これも、『蜘蛛巣城』が、国境や文化・宗教的背景を超えて世界中の人々を魅了する証の一つです。

日本国内でも、2023年に赤堀雅秋の演出で舞台化される予定です。

『蜘蛛巣城』|KAAT 神奈川芸術劇場
戦乱の世に翻弄される若き夫婦。赤堀版『蜘蛛巣城』。 日本映画界の巨匠・黒澤明監督の傑作映画の舞台化。 上演台本:齋藤雅文 赤堀雅秋  演出:赤堀雅秋 出演:早乙女太一 倉科カナ  長塚圭史 中島歩 長田奈麻 山本浩司 水澤紳吾 久保酎吉 赤

西洋の素材を巧みに換骨奪胎して、日本の伝統的表現で創造された『蜘蛛巣城』は、黒澤明の最高傑作の一本であり、日本の文化的遺産の一つでもあると思います。

(敬称略)

 

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参考資料

書籍・記事

『世界の映画作家3 黒沢明』 キネマ旬報社、1970年

巨匠のメチエ 黒澤明とスタッフたち』 西村雄一郎、フィルムアート社、1987年

『全集 黒澤明 第四巻』 岩波書店、1988年

『黒澤明 集成』 キネマ旬報社、1989年

『黒澤明 集成Ⅱ』 キネマ旬報社、1991年

Prince, Stephen. The Warrior’s Camera: The Cinema of Akira Kurosawa. Princeton University Press, 1991.

『巨人と少年 黒澤明の女性たち』 尾形敏朗、文藝春秋、1992年

『黒澤明の映画』 ドナルド・リチー 著、三木宮彦 訳、社会思想社、1993年

『黒澤明 集成Ⅲ』 キネマ旬報社、1993年

『わが映画インドに始まる 世界シネマへの旅』 サタジット・レイ 著、森本素世子 訳、第三文明社、1993年

Goodwin, James. Akira Kurosawa and Intertextual Cinema. Johns Hopkins University Press, 1993.

『300/40 その画・音・人』 佐藤勝、キネマ旬報社、1994年

『キネマ旬報復刻シリーズ 黒澤明コレクション』 キネマ旬報社、1997年

マクベス』 シェイクスピア 著、木下順二 訳、岩波書店、1997年

『三船敏郎 さいごのサムライ』 毎日新聞社、1998年

『黒澤明 音と映像』 西村雄一郎、立風書房、1998年

Pearson, Richard. “Filmmaker Akira Kurosawa Dies at 88 – Japanese Director Acclaimed Worldwide.” The Washington Post, September 7, 1998.

Malcolm, Derek. “Akira Kurosawa: Throne of Blood.” The Guardian, March 4, 1999.

『クロサワさーん! ―黒澤明との素晴らしき日々―』 土屋嘉男、新潮社、1999年

『評伝 黒澤明』 堀川弘通、毎日新聞社、2000年

『黒澤明を語る人々』 黒澤明研究会 編、朝日ソノラマ、2004年

大系 黒澤明 第2巻』 黒澤明 著、浜野保樹 編、講談社、2009年

生誕100年総特集 黒澤明 増補新版』 西口徹 編、河出書房新社、2010年

もう一度 天気待ち 監督・黒澤明とともに』 野上照代、草思社、2014年

黒澤明と三船敏郎』 ステュアート・ガルブレイス4世、櫻井英里子 訳、亜紀書房、2015年

サムライ 評伝 三船敏郎』 松田美智子、文藝春秋、2015年

Nicholson, Ben. “Kurosawa vs Shakespeare.” BFI, March 23, 2016.

三船敏郎の映画史』 小林淳、アルファベータブックス、2019年

CD・DVD・Blu-ray

CD 「蜘蛛巣城」 佐藤勝、東宝ミュージック、AK-0003、2001年

DVD 『蜘蛛巣城』 東宝株式会社、2002年

DVD 『黒澤明 創造の軌跡 黒澤明 “THE MASTERWORKS” 補完映像集』東宝株式会社 映像事業部、2003年

Blu-ray, Throne of Blood. The Criterion Collection, 2014.

 

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