『野良犬』(1949) 公開70周年

70年前の今日 (10月17日) は、黒澤明の映画『野良犬』(1949) が公開された日です。

映画 野良犬 黒澤明 Stray Dog a film by Akira Kurosawa

イラスト:タムラゲン Illustration by Gen Tamura

 

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『野良犬』について

『野良犬』は、東宝争議で東宝を離れていた黒澤明が、映画芸術協会と新東宝の提携作として撮った作品です。当時、警官が拳銃を紛失する事例があったことに着想を得た黒澤と菊島隆三が共同で脚本を執筆しました。

野良犬
Stray Dog
1949年、新東宝・映画芸術協会 提携作品
白黒、スタンダード、122分

スタッフ

監督:黒澤明
製作:本木荘二郎
脚本:黒澤明、菊島隆三
撮影:中井朝一
美術:松山崇
照明:石井長四郎
録音:矢野口文雄
音楽:早坂文雄
振付:縣洋二(S.K.D)
助監督:本多猪四郎
編集:後藤敏男
製作主任:平木政之助

キャスト

村上刑事:三船敏郎
佐藤刑事:志村喬
並木ハルミ:淡路惠子
ハルミの母:三好榮子
ピストル屋のヒモ:千石規子
桶屋の女房:本間文子
スリ係 市川刑事:河村黎吉
光月の女将:飯田蝶子
桶屋のおやぢ:東野英治郎
阿部捜査主任:永田靖
呑屋のおやぢ:松本克平
遊佐:木村功
スリのお銀:岸輝子
レビュウ劇場の演出家:千秋実
ホテル彌生の支配人:菅井一郎
係長 中島警部:清水元
水撒きの巡査:柳谷寛
本多:山本礼三郎
鑑識課員:伊豆肇
被害者中村の夫:清水将夫
アパートの管理人:高堂國典
レビュウ劇場の支配人:伊藤雄之助

あらすじ

警視庁捜査第一課の新任刑事 村上(三船敏郎)は、射撃訓練から帰る途中のバスの中で、コルト式小型拳銃を掏られてしまいます。村上は、ベテラン刑事の佐藤(志村喬)と共に、必死に拳銃の行方を追います。しかし、自分の拳銃が犯罪に悪用されるという村上の危惧は遂に現実となってしまいます。

 

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劇場での鑑賞記

広島市映像文化ライブラリー

私が初めて『野良犬』を鑑賞したのは、1990年5月18日(金)、広島市映像文化ライブラリーでの上映でした。

映画 野良犬 黒澤明 広島市映像文化ライブラリー

当時、レンタルビデオ (VHS) で鑑賞した『用心棒』と『椿三十郎』に興奮して大の黒澤ファンになったばかりの私でしたが、この頃はまだソフト化された黒澤映画は少なく、『七人の侍』や『天国と地獄』などのヒット作でさえ、名画座か海外版のソフトに頼るしかない状況でした。(1980年代には『野良犬』も既に東宝から日本映画傑作全集の一本としてVHSテープが発売されていましたが、当時の私は知りませんでした。)

ですから、キネマ旬報の地方上映案内で、広島市映像文化ライブラリーで『野良犬』と『天国と地獄』が上映されることを偶然知ったときは、狂喜乱舞でした。高松駅からJRに乗って、完成して間がない瀬戸大橋をJRで渡り、岡山駅で新幹線に乗り換え、広島に行きました。5月の半ばでしたが、修学旅行で原爆ドームと平和記念資料館を初めて訪れた夏の日のように暑かったのを覚えています。

そして、映像文化ライブラリーでフィルム上映された『野良犬』を、大勢の観客と一緒に、食い入るように鑑賞しました。巧みな構成の脚本や、様々な技巧を凝らした演出は勿論、スクリーンで初めて見る若き日の三船敏郎のギラギラする魅力や、志村喬などに釘付けになり、2時間2分を脇目も振らずに見終えました。

主人公の村上刑事役の三船敏郎は精悍な二枚目ですし、先輩の佐藤刑事役の志村喬も『酔いどれ天使』のときとは打って変わって三船を食いかねないほど余裕ある名演が素敵でした。その他の出演者一人一人の演技も見事でした。

そして、圧巻なのは、やはり真夏の猛暑を体感させる描写の数々です。満員で騒々しいバスの中や、変装した村上刑事がうろつく混沌とした闇市や、踊り終えて疲れ切った汗塗れの踊り子達など、敗戦から僅か4年後の日本の空気を肌で感じれそうなほど濃密に表現しています。

台詞の聞き取りにくさなど見ている内に忘れてしまう極上の映画的体験でした。

午前十時の映画祭

私が『野良犬』を再び映画館で鑑賞したのは、2017年の「午前十時の映画祭8」でした。

映画 野良犬 黒澤明 三船敏郎 志村喬 午前十時の映画祭

2017年10月18日、TOHOシネマズ岡南にて、妻と一緒に鑑賞しました。広島市映像文化ライブラリー以来、27年ぶりでした。(「午前10時に『野良犬』4K を鑑賞」 2017年10月18日)

香川県でも上映されたのに、わざわざ岡山県まで見に行った理由は、宇多津のイオンシネマは4K上映ではなく、4K上映をする最寄りの映画館がTOHOシネマズ岡南だったからです。TOHOシネマズ岡南は岡山駅から離れているので自動車で行きました。ですが、初めて向かう不慣れな場所でしたので、国道2号線から降りる場所を間違えてしまい焦りました。何とか引き返して、上映直前に滑り込みで入場できましたが(汗)

このとき上映された『野良犬』が、私が初めて映画館で見る4K上映の映画でした。約70年も前の白黒映画ということを考慮すれば、フィルムの傷も綺麗に修復されていて、十分満足いく映像でした。

ただ1949年当時の光学録音の音声は、修復しても限界があったのか三船敏郎を筆頭に若干聞き取りにくい台詞もありました。(それでも、以前よりかなり聞き易くはなっていましたが) 更に、米の配給手帳など現代では聞き慣れない言葉などもあって、妻には余計分かりにくい箇所があったようでした。約70年前の日本は、私も含めて今の世代の人達にとっては時代劇のように遠い世界になっていると改めて痛感しました。(現在では、白黒時代の黒澤映画もDVDやBS放送などで日本語字幕付で鑑賞できますが、映画館でも字幕付上映をすれば、より幅広い世代の観客にも見て貰い易くなるかもしれないと思います。)

ところで、岡山の劇場で久しぶりに『野良犬』を再見した際、唯一引っかかったのが警察の描写でした。『天国と地獄』もそうでしたが、『野良犬』の刑事達は皆人情味溢れる正義漢として描かれています。ですが、現実の警察は自白偏重の強引な取り調べで冤罪を多数出すなど不祥事が絶えません。映画の結末の後、村上刑事は、果たして警察内部の不正に染まらずに自らの正義を全うできたのか心配になります。

 

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陰と陽

デビュー作『姿三四郎』から遺作の『まあだだよ』に至るまで師弟関係がよく描かれる黒澤映画ですが、「陽」の主人公に対する「陰」としての敵役が描かれることも何度かありました。

姿三四郎と檜垣源之助や、『用心棒』の桑畑三十郎と卯之助の対決は黒澤映画のクライマックスの中でも有名です。又、『椿三十郎』の三十郎と室戸半兵衛の決闘や、『天国と地獄』の権藤金吾と竹内銀次郎の面会ように、主人公と敵役は合わせ鏡にように表裏一体の存在であるかのように描かれていました。

その意味では、『野良犬』は、主人公と敵役とが最も表裏一体の存在として描かれた黒澤映画のように思えます。敗戦後、村上と遊佐 (木村功) は、復員のときに帰りの汽車で全財産のリュックを盗まれてしまいました。絶望し自暴自棄になった遊佐は犯罪者となりましたが、村上は敢えて刑事となりました。

自ら正義の道を選択した村上ですが、自分と似た境遇の遊佐に対して度々共感しそうになってしまいます。そんな村上に対して、佐藤は、遊佐の犯行によって人生を破滅させられた被害者のことを忘れるべきではないと戒めます。

黒澤明も自伝『蝦蟇の油』の中で、「犯罪者を生み出したのは、社会の欠陥だとする論理には一面の真理はあるにしても、それを論拠にして犯罪者を弁護するのは、社会の欠陥の中で犯罪に走らずに生きる人達を見無視した詭弁に過ぎない」と述べています。

盗まれた自分の拳銃が犯罪に悪用されたため辞職しようとする村上に対して、中島警部 (清水元) は「不運は人間を叩き上げるか押し潰すか、どちらかだ。君は押し潰される気か。心の持ち方次第で君の不運は君のチャンスだ」と諭します。広島で『野良犬』を見て以来、この言葉に私も何度も勇気付けられてきました。

今年で公開から70年目を迎えてた今も、日本の刑事モノの嚆矢と言われる『野良犬』は手に汗握る面白さに満ちています。『天国と地獄』と並び、黒澤サスペンス映画の傑作だと思います。

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