『生きる』 公開70周年 黒澤明が探求した生きる道

こんにちは。タムラゲン (@GenSan_Art) です。

『生きる』 (1952) 監督:黒澤明 出演:志村喬 | IKIRU (1952) Directed by Akira Kurosawa / Cast: Takashi Shimura | イラスト:タムラゲン Illustration by Gen Tamura

イラスト:タムラゲン Illustration by Gen Tamura

70年前の10月9日は、黒澤明の映画『生きる(1952) が公開された日です。死を目前にした人間が生きる意味を見つめ直す名作について個人的に思うことを綴ってみます。

 

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『生きる』について

生きる
Ikiru
1952年10月9日公開
東宝株式会社 製作・配給
白黒、スタンダード、143分

スタッフ

監督:黒澤明
製作:本木荘二郎
脚本:黒澤明、橋本忍、小國英雄
撮影:中井朝一
美術:松山崇
録音:矢野口文雄
照明:森茂
音楽:早坂文雄
演奏:キューバン・ボーイズ、P・C・Lスウィングバント、P・C・Lオーケストラ
監督助手:丸林久信
編集:岩下広一
製作主任:眞木照夫
現像:東宝現像所

キャスト

渡辺勘治:志村喬
木村:日守新一
坂井:田中春男
野口:千秋実
小田切とよ:小田切みき
小原:左卜全
斎藤:山田巳之助
大野:藤原釜足
渡邊喜一:小堀誠
勘治の息子 光男:金子信雄
助役:中村伸郎
病院の患者:渡辺篤
医師の助手:木村功
病院の医師:清水将夫
小説家:伊藤雄之助
喜一の妻 たつ:浦辺粂子
陳情のおかみA:三好栄子
陳情のおかみB:本間文子
バーのマダム:丹阿弥谷津子
陳情のおかみC:菅井きん
家政婦 林:南美江
光男の妻 一枝:関京子
市会議員:阿部九州男
新聞記者A:永井智雄
ヤクザの親分:宮口精二
ヤクザA:加東大介
ヤクザB:林幹
新聞記者B:村上冬樹
新聞記者C:青野平義
公園課長:小川虎之助
野球場スタンドの男:深見泰三
土木課員:河崎堅男
公園課員:勝本圭一郎
総務課員:瀬良明
警官:千葉一郎
飲み屋の親爺:谷晃
下水課員:長浜藤夫
総務課課長:小島洋々
ダンスホールの女A:登山晴子
ダンスホールの女B:安雙三枝
ピアニスト:市村俊幸(特別出演)
ダンサー:倉本春枝(特別出演)
ストリッパー:ラサ・サヤ(特別出演)

あらすじ

物語の主人公・渡辺勘治は、市役所の市民課長として長年勤務してきました。昔は仕事への意欲もありましたが、今では役所の官僚機構の中で機械的に仕事をしているだけです。ある日、渡辺は自分が胃癌にかかっていて余命が半年だと気付きます。その上、息子夫婦にも冷たくあしらわれてしまいます。絶望した渡辺は、役所を無断欠勤して町を彷徨います。ある晩、居酒屋で知り合い意気投合した小説家に連れられて、渡辺は夜の歓楽街を何軒も渡り歩きますが、彼の心は何も満たされません。翌日、渡辺は市役所の職員・小田切とよ と出会います。市役所を辞めて玩具会社に転職しようとする彼女の明るい人柄に渡辺は惹かれます。最初は渡辺と楽しく出歩いていた とよ でしたが、何度も会おうとする渡辺に辟易するようになります。自分が胃癌であることを とよ に打ち明けた渡辺は、とよ が工場で作っている玩具を見て、自分に出来ることがまだ残されていることに気付きます。翌日、市役所に出勤した渡辺は、棚上げにされていた公園建設に着手します。その5ヶ月後、渡辺は他界します。その通夜の席で、市役所の職員達は渡辺の公園にかける熱意について語り合います。最初は半信半疑だった彼等も、渡辺が胃癌で余命が僅かであったことを知っていたという結論に至り、彼の行為に自分達も続こうと決意します。ですが、その翌日から、市役所では何事もなかったかのように機械的な仕事ぶりに戻っていました。渡辺を最初から擁護していた木村がただ一人憤りますが、組織には抗えず、渡辺が遺した公園を見つめるのでした。

 

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個人的雑感

『生きる』は、『羅生門』(1950) や『七人の侍』(1954) と並んで黒澤明の最高傑作の一本として世界映画史的にも古典となっています。既に国内外で数多くの批評や書籍が出ていますので、拙記事では私が個人的に興味を持った個所について書いていきます。

お通夜での回想

『生きる』が映画的にも優れているのは、所謂「難病もの」のようなお涙頂戴にしなかったことです。

それが顕著なのは、映画後半のお通夜の場面です。

小田切とよ と最後に話したときに再び生きる意欲を取り戻した渡辺は、翌日、公園建設の視察に出向きます。いよいよ渡辺の活躍が見れるのか!と思いきや、その直後、映画は渡辺のお通夜の場面に一気に飛びます。

公園作りを実現させようと奮闘する渡辺を時系列に描くのではなく、周囲の人間の回想で辿っていく展開は秀逸です。脚本家の井出雅人も語っていたように「(渡辺が)入院して、冷たくなって、金子信雄の息子がかけよって、同情を寄せても、それは当たり前すぎるんだ」(西村雄一郎『巨匠のメチエ 黒澤明とスタッフたち』)

又、この回想場面では早坂文雄の音楽を外したことも、物語の流れを客観的に体験することに役立っています。

黒澤明と小国英雄と共に脚本を書いた橋本忍は、小林正樹の『切腹』(1962) でも見事な回想場面を書いていました。

官僚制に対する風刺

『生きる』は、役所が市民の陳情をたらい回しする描写など官僚制に対する風刺も痛烈です。

同時に、周囲の人に『生きる』の感想を聞くと、その人達の役所に対する見方が透けて見える気がします。

『生きる』の題名を聞いただけで「でも、最後には、みんな元に戻るんでしょ」と即答した人を、私は実際に見たことが何度かあります。

その内の一人は公務員でしたので『生きる』の役所の描写だけでなく市民運動にも冷笑的な人だったので、そうした冷淡な反応だったのも無理ありませんが、他の人達は「現状は変えれない」と諦めていたのでしょうか。

宮本政於が『お役所の掟』(講談社) にも書いていた役所の非人間的な性質は、半世紀やそこらで変わるものではないのかもしれません。

例えば、生活保護は国民の正当な権利であるにも関わらず、その申請を様々な手段で抑制しようとする所謂「水際作戦」だけを見ても、官僚が市民を敵視しているのは明らかです。「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という日本国憲法第二十五条にも違反しています。最近の例でも、2021年にスリランカ人女性が死亡したことで問題視されている出入国管理庁 (入管) の非人道的な対応を見ていると、『生きる』の公開から70年経った今も役所は変わっていないのか、と憤りを覚えます。

ですが、一時は政治的活動に無関心だった日本の市民も、原発事故を機に再び大規模なデモをするようになってきました。

確かに、現状の問題はすぐには変わりませんが、『生きる』で主婦達の訴えが公園を作らせたように、社会を良くしていくには市民が政治に関心を持って根気強く訴えるしかありません。

ポスターの絵画

『生きる』発公開時のポスターの絵画を描いたのは、香川県出身の画家 猪熊弦一郎でした。

東宝で宣伝や芸能を担当していた道江達矢によると、黒澤の意向で猪熊に白羽の矢が立ったそうです。映画監督になる前は画家を志していた黒澤はゴッホを特に敬愛していたので、猪熊の個性的な画風が気に入ったのかもしれません。

1993年のインタビューで、小田切みき は、黒澤と一緒に猪熊のアトリエを訪問したのを覚えていると語っていました。黒澤明研究会 編『黒澤明 夢のあしあと』(共同通信社) にも、猪熊のアトリエで志村喬と小田切がモデルとなっている写真が掲載されています。

映画の宣材ということを配慮したのか、猪熊は異なる作風で2点描きました。

1点は渡辺と とよ がブランコに乗っているスチル写真を比較的忠実に再現した構図で、通常の宣伝用に使用されました。もう1点は、青・黄・赤の三原色と黒い線による抽象と具象が混合した、いつもの猪熊の作風に近い絵画でした。こちらは、映画館主やマスコミ関係者向けのプレスシートやスピードポスターの他に、劇場で販売されるパンフレットの表紙にも使用されました。

それにしても、道江によると、猪熊が描いた原画が行方不明というのが衝撃でした。東宝の倉庫か何処かに眠っているのが何時か発見される日が来るのでしょうか。

ベルリン国際映画祭での受賞の謎

1954年、第4回ベルリン国際映画祭に『生きる』が出品されました。その際に受賞したのは銀熊賞だと長い間あらゆる資料に記載されていましたが、実はそうではなかったと近年になって明らかになりました。

2001年の漫画『クロサワ―炎の映画監督・黒澤明伝』(小学館) でも、『生きる』がベルリンでは何も受賞していなかったと揶揄するように描いていましたが、それも誤りです。

実際に『生きる』が受賞したのは「ベルリン市政府特別賞」でした。この賞の名称の日本語訳は、ステュアート・ガルブレイス4世の著書『黒澤明と三船敏郎』(亜紀書房) の訳者である櫻井英里子の訳です。

ネット上では、他にも「ドイツ上院陪審賞」「ドイツ上院特別賞」「ベルリン上院特別賞」「ドイツ上院議員賞」という日本語訳もあります。私はドイツ語やドイツ文化には疎いので、どれが正確なのかは判断できません。

この賞のドイツ語表記は Sonderpreis des Senats von Berlin で、英語表記は Special Prize of the Senate of Berlin です。

1950年代は今のようにネットはありませんでしたし、海外との情報のやり取りにも不正確な部分があったのかもしれません。

 

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個人的鑑賞記

1998年9月6日に黒澤明が他界した2ヶ月後、追悼企画として黒澤の代表作が高松東宝会館で上映されました。

11月14日~11月20日『生きる』『赤ひげ』
11月21日~11月27日『隠し砦の三悪人』『天国と地獄』
11月28日~12月4日『七人の侍』

私が映画館で『生きる』を見たのは、このときが初めてでした。 (その高松東宝会館も、2004年に閉館しました。)

2002年になると、大映、東宝、松竹、ワーナーブラザーズから黒澤映画のDVDが続々と発売されました。『生きる』は、2003年に発売された東宝のDVD BOX第三弾に収録されていました。

2014年9月7日には、香川県の「映画の楽校」が企画した黒澤明傑作選が、高松市のアルファあなぶきホールにて開催されました。『天国と地獄』(1963)、『用心棒』(1961)、『生きる』の順に上映されました。

2016年9月24日、「午前十時の映画祭7」で4Kデジタルリマスターされた『生きる』を、イオンシネマ宇多津にて鑑賞しました。

宇多津の映画館は4K対応ではなかったので、2K版でのデジタル上映ではありましたが、十分に満足できる画質でした。又、修復された音声も、映画館で鑑賞することで、俳優の台詞や細かな効果音が今までより鮮明に聞き取れるようになっていたと思います。客数も、私以外にも約20人ほどの入りで、高齢者だけでなく半数は若い男女でした。

 

『生きる』を見る度に「自分は果たして悔いの無い生き方をしているのか?」と自問してしまいます。

私自身も含めて人間は、死に直面しない限り、人生は有限であるという冷厳な現実を意識しないものかもしれません。

『生きる』の公開から今年で70年。黒澤明と志村喬も含めて、主なスタッフとキャストの大半は故人となりました。今でも存命なのは、野上照代だけかもしれません。

《ゴンドラの唄》の歌詞のように、命は短いことを忘れずに精一杯生きていきたいと改めて思います。

 

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『生きる』と『僕の生きる道』

話は変わりますが、最後にテレビドラマ『僕の生きる道』(2003) と『生きる』を比較してみます。

2011年9月、妻と一緒に『生きる』をDVDで観た翌日、今度は妻の勧めで『僕の生きる道』をDVDで全話視聴しました。

実は、『僕の生きる道』は、2003年の放送開始時に、第1話の前半を偶然見たことがあります。

主人公が公園のブランコに乗る場面は、明らかに『生きる』を意識していたように見えたので、当時はそれほど興味が湧きませんでした。(ドラマの合唱部で、生徒達が歌う歌詞が『野ばら』なのは、同じ黒澤明の『八月の狂詩曲』(1991) へのオマージュかも?)

胃癌で余命が残り少ないことを知った主人公が、悩んだ末、これまで無難に生きてきた人生を悔いて、自分に正直に生きようと奮闘する物語の基本的な骨子は、確かに『生きる』に似ています。

ですが、初めてドラマを全編見て、当時思っていたより見応えのあるドラマだと初めて分かりました。2007年に『生きる』のリメイク版ドラマが、市川森一脚色、松本幸四郎(現・松本白鸚)主演で放送されましたが、個人的には『僕の生きる道』の方が原典の『生きる』に近いものを感じました。

又、もう一つの似ている部分が、実は、このドラマの独自の展開だということに気付きました。

『生きる』も『僕の生きる道』も主人公は、真面目で内気な性格のせいで自分の病気を周囲に打ち明けられません。

『生きる』の渡辺は、赤の他人である作家と工場に転職した女性以外には、家族も含め市役所の同僚にも自分の病気を打ち明けることなく他界します。

『僕の生きる道』の主人公である高校教師・中村秀雄(草彅剛)も、当初は、母親や職場の同僚には打ち明けようとはしません。

ですが、偶然が重なり、彼の病気と余命少ないことが同僚の教師や生徒達にも知られてしまうことになります。

英雄は、周囲の同情に甘んじることなく、最期まで教師を続けることを選びます。母親にも病気を打ち明け、憧れていた同僚の女性教師とも(中村の余命が1年であることを二人が合意した上で)結婚して幸福な新婚生活を送ります。受験勉強で荒んでいた生徒達を合唱コンクールに参加させることで彼等の学校生活を充実したものに変え、皆に祝福される中、息を引き取りました。

要するに、渡辺は二人の例外を除いて誰にも自分の病気を明かすことなく自らの生きた証を残しましたが、中村は(図らずも)自分の病気を妻や母親、同僚、生徒達に打ち明け共に生きることによって自らの生きた証を残したのです。

どちらかに優劣を付ける話では勿論ありませんが、遺される遺族や周囲の人達のことを考えると、少なくとも誰か大切な人にだけでも打ち明けた方がいいのかもしれません。

昔から日本人は本当のことや大事なことは中々話したがりませんし、そうしたことが美徳だと思わされていた所があります。

ですが、太平洋戦争中の大本営発表や、福島の原発事故に関する政府や東電の隠蔽体質などを見ても分かるように、重大なことを隠すことが却って事態を悪化させることは明白です。

それを考えると、生徒達と積極的にコミュニケーションを取ろうとしたり、進学率を上げることよりも性教育などで命の大切さを教えるべきだと力説する中村の言動は、安易に付和雷同する日本社会に対する抵抗であり、人が人らしく生きるための正当な抗議です。

『生きる』の医者が渡辺に胃癌を告知しなかったことに対し、『僕の生きるた道』の医者が中村に胃癌を告知しただけでなく、彼の生き方の良き相談相手になってくれたのは、時代の流れを感じさせていただけでなく、映画とドラマの違いも象徴していたと思います。

『生きる』のラストで、渡辺の真実を知った同僚達は彼のように生きようと決意しますが、翌朝からは結局また元の惰性的な役所勤めに戻ってしまいますし、『僕の生きる道』のラストでは、中村の死後、新しく入学してきた生徒達は以前の生徒達と同じように生物の授業を無視して受験勉強を優先させています。

余命少ない自分の難病を打ち明けにくいことだけでなく、正論を職場で主張することが憚られる空気は、半世紀前も現代も殆ど変わっていないのかもしれません。

それでも、通夜の席で一人だけ最後まで渡辺を擁護していた同僚が、いつか彼も渡辺のようになるのではと思わせるかのようなラストシーンで『生きる』は幕を降ろし、最初は中村に反抗していた生徒が数年後に中村と同じ生物の教師となって彼の遺志を継いでいく展開が『僕の生きる道』の結末に用意されていました。

命の有限性に気付くことは容易ではありませんし、よしんば気付いたとしても日々の惰性を打ち破ることも容易ではないでしょう。

ですが、たとえ、どれだけ不器用で失敗を繰り返したとしても、最後まで諦めずに何かをし続けることによって何かが少しずつ変わっていくことも私は信じています。

何と言っても、人生はたった一度きりしかなく、過ぎ去った時間は二度と戻ってはこないのですから。

人生の意味や市民と行政の社会的役割など普遍的かつ現代的なテーマを描き、そして映画的にも卓越した表現に満ちた『生きる』は、時代や国境を越えて必見の名作です。

(敬称略)

 

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参考資料

書籍

イワン・イリッチの死』 トルストイ 著、 米川正夫 訳、岩波書店、1928年

Classic Film Scripts: Ikiru, a film by Akira Kurosawa, Lorrimer Publishing, 1968

『世界の映画作家3 黒沢明』 キネマ旬報社、1970年

Joan Mellen, Voices from the Japanese Cinema, Liveright, 1975

巨匠のメチエ 黒澤明とスタッフたち』 西村雄一郎、フィルムアート社、1987年

『全集 黒澤明 第三巻』 黒澤明、岩波書店、1988年

『黒澤明 集成』 キネマ旬報社、1989年

『何が映画か 「七人の侍」と「まあだだよ」をめぐって』 黒澤明、宮崎駿、徳間書店、1993年

お役所の掟』 宮本政於、講談社、1997年

『黒澤明 音と映像』 西村雄一郎、立風書房、1998年

『黒澤明 夢のあしあと』 黒澤明研究会 編、共同通信社、1999年

『評伝 黒澤明』 堀川弘通、毎日新聞社、2000年

蝦蟇の油 自伝のようなもの』 黒澤明、岩波書店、2001年

『黒澤明 天才の苦悩と創造』 野上照代 編、キネマ旬報社、2001年

『黒澤明を語る人々』黒澤明研究会 編、朝日ソノラマ、2004年

黒澤明と早坂文雄 風のように侍は』 西村雄一郎、筑摩書房、2005年

大系 黒澤明 第2巻』 黒澤明 著、浜野保樹 編、講談社、2009年

大系 黒澤明 第4巻』 黒澤明 著、浜野保樹 編、講談社、2010年

甦る『ゴンドラの唄』 「いのち短し,恋せよ,少女」の誕生と変容』 相沢直樹、新曜社、2012年

もう一度 天気待ち 監督・黒澤明とともに』 野上照代、草思社、2014年

黒澤明と三船敏郎』 ステュアート・ガルブレイス4世、櫻井英里子 訳、亜紀書房、2015年

その他

CD 『生きる 生きものの記録 どん底』 早坂文雄、佐藤勝、東宝ミュージック、AK-0002、2001年

DVD 『生きる』 東宝株式会社、2003年

DVD 『黒澤明 創造の軌跡 黒澤明 “THE MASTERWORKS” 補完映像集』 東宝株式会社、2003年

DVD 『僕の生きる道 DVD-BOX』 ビクターエンタテインメント、2003年

Blu-ray, Ikiru, The Criterion Collection, 2015.

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